灰色の空

□助けてを言えない子供
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灰崎said







 窓から差し込む太陽の光りで目が覚めた。
まだ眠いと少し身をよじれば、ずきっと腕や腹部が痛む。あー、と昨日家であった事を思い出して、着ていた布団を頭全体を覆うようにして被った
 
 昨日、家に帰って、そしたら滅多に居ない筈の親に出くわして、いつものように殴られた。

親の不快なものを見るような嫌悪混じりの視線が嫌になって家を飛び出した。今の季節は梅雨で、傘を持たずに出たからずぶ濡れになって、ゲーセンでも行って時間をつぶそうとしたけど、運悪く一部改装の為閉まっていた。

あぁついてない。

そう思ってダラダラ街中を歩いてたら、小物臭い不良どもに絡まれて。むしゃくしゃしてたし、いつもならスルーする喧嘩を買った。
相手は三人くらいいて、雨が降ってる分足場が悪くて、ちょっと手こずった。でも勝った。

その後、雨に濡れた制服が重くてだるかったけど、家に戻るものごめんだったし、通りかかった公園で適当に座って寝て・・・・・

――寝て?



 ガバっと布団から飛び起きて部屋を見渡す。体を起こしたときにまた患部に痛みがはしったがそれよりも、だ。
自分の部屋ではない、誰かの部屋だ。当たり前だろう、昨日家に戻った記憶は無い。連れて来られた?寝てる間に?

 もう一度部屋を見渡せば、モノトーンに置かれている家具と、本棚、ハンガーに掛けられているスーツ。多分男の部屋なのだと思うが

「――っ、どこだよ、ココ」


 自分の服を見れば、着ていた筈の制服ではなくスウェットだった。しかも自分のものではない。着替えさせられた?は?

バッと自分の腰に手を当てる。痛みは無い。自分の考えた最悪の事態にはなっていないようだが

「っくそ」

どうする。この部屋の主はこの部屋には居ない。中学生にしては高い身長とガタイのある自分を連れて来ることが出来るくらいなのだから、力があるんだと思うが。逃げ出せるだろうか。いくら喧嘩慣れしている自分といえども、大人の男(?)相手に抵抗できるか分からない。何せ今、昨日負った怪我で身体中が痛いのだ。碌な抵抗はできないだろう

「・・・・・・・・・・・・パンの匂い?」

 ベットの上で頭を悩ませていると、この部屋の扉の奥からパンの焼ける香ばしい匂いが漂ってきている。扉のそばまで近寄って耳を当てる。調理している音が微かに聞こえ、今なら逃げられるだろうかと、ゆっくり扉を開く

『あ、起きたのか』

「―――っ!!」

扉を開けたら、多分ココの住人だと思われる奴がこっちにきていた。驚いて、声にならない叫びがでた

『大丈夫か?熱でてっ?!』

近づいてくるそいつに反射的に手が出て、そいつを床に叩きつけて、腕を掴んで、押し倒すような体勢になった

 整った顔立ちに、床に広がった黒に近い藍色の髪と瞳。掴んだ腕は細くてでもちゃんと筋肉はついている。全体的に細身である

思っていた人物とは違って少し目を見開いてそいつを見やると、いきなりなんだ、と言いたげに眉間に皺を寄せている

なんだと言いたいのはこっちだ。公園に寝ていたはずなのに気がついたら服も着替えさせられていて見知らぬ部屋に、なんて

『あーいきなり知らない所にいたから驚いてんのか?』

「っ、アンタ誰だよ。なんで」

『はいはい。答えてやるから上から退いてくれ。別に何もするつもりはないよ』

退かなければ話す気がなさそうなのでおとなしく言うことを聞いて、そいつの上から退いた。
手を離して何かされるのはごめんなので、片手の手首を掴んだままだが。

腕を掴んでいるのを見て、はぁとため息をついていたが俺に目を合わせると淡々と説明を始めた

『俺の名前は橘晴樹。この家の家主だ。昨日、雨の中公園でずぶ濡れになって蹲ってるお前を見つけた。話しかけても反応がなくて、よく見たら怪我してるし、顔が赤くて熱でてるっぽかったから家まで運んだ』

「熱なんてねぇよ。つーかほっとけよ」

『下がってるならそれで良いよ。俺は一応社会人なんでな。ほっとけないだろ子供が公園で、雨ふってるのに傘も差さずにいるなんて』

「そりゃどーも」


お節介な奴だ。放っておけばいいのに。

話してる最中自分から一切視線を外す事無くまっすぐ見てくる。自分は人相が悪い方だ。見ていれば睨んでいると思われて、少し目を細めれば女子には怖がられる始末。そんな自分の目を見て話す人間なんて滅多にいなかった。大人もそうだ。気まぐれで入った部活の鬼主将とか、妙に大人びてる赤髪のあいつとかは普通に喋ってたけど

『はぁ。まぁいいや。で、家に運んだ後の話もしたほうがいいか?』

「あ?運んだ後・・・?」

『そうだよ。家に運んだ後風呂に入れたこととか?』

「!?」


なんと言った目の前のこいつは。風呂に入れた?ということは怪我を見られたことになるのか。後、裸とか。まったくの赤の他人に見られるなんて最悪だ。
それに、クソジジィに付けられた傷、ってかタバコ押し付けられた痕とかは見られれば、多分直ぐにわかるだろう。まぁ服を着替えさせられている時点でなんとなく分かっていたし、今気付いたが患部に包帯やガーゼで手当てがされている。誰でもこんな傷を見れば分かってしまうだろう

大人というものは察しが良い。気付いて助けようと手を差し伸べてきて、けど、結局なにも出来ないままで、今の現状が変ったことはない

『怪我、悪いと思ったけど見た。手当てはしておいたから』

「ハッ、アンタ気付いてんだろ?」

藍色の瞳が揺れて。やっぱ気付いてんだなって思った

眉間に皺を寄せて、明らか不機嫌だというような、そんな表情をしている目の前のこいつ。
なにがそんなに気に食わなかったのか。やっぱそうなのかって事を理解して、その事に対して怒っているのだろうか。過去の大人たちも皆そうだった

でも目の前のこいつから発せられた言葉は、今までの大人たちとは違って、


『・・・・・・その気付いてるってのは、同情して欲しくていってんのか?』



同情?同情なんてもの。求めているわけが無い。胸糞悪い

同情されることは何度もあった。同情でなんとか助けてやりたいという人間は、いくらでも居た。でもそいつらは唯、人を助けようとしている自分に酔っているだけで、さっきも言ったように現状が変ったことはないのだ


「あ?んなわけねーだろ。同情なんざ胸糞わりぃ」

『じゃあ一々言わなくてもいいだろ。お前の言うとおり気付いてるよ。というか察しがつくだろ普通。・・・・・・・――で、俺が気付いていると踏んだ上で言ったってことは』



 助けて欲しいのか?


真っ直ぐ自分の目を見て言われた言葉は、妙に頭に響いて回る。



助けて欲しい?そんなのできるものならしてほしいもんだ

父親はDV男で、母親はネグレクト状態。灰色の髪と瞳が気に入らないのだと殴られた

両親とも黒髪で、その間に生まれた灰色の髪をもった俺は、親戚にも怪訝な視線を向けられてきた。俺自身この灰色の髪は好きじゃない

兄貴が居た。黒髪黒目の両親と同じ色を持った兄が。年が離れていて高校に進学する時に県外の寮のあるところにいき、今は社会人として働いている。兄貴は俺がDVを受けていたことは知ってたけど、兄貴も俺のこの色が嫌いで、まともに会話したこともない

小学の時、一度教師に怪我を見られて、学校に親が呼び出されたことがあった。でも、外面だけは良い親は、俺が遊びまわって怪我をした事にして、家に戻ったその時は酷く殴られた

助けを求めれば、その分酷く殴られるのだと分かったその時から、誰かに助けを求めたり、怪我がばれたりしない様にしてきた。けれど気付くものは気付く。この目の前の奴のように。けれど本格的に動いてくれた奴なんて一人も居なかった

本当なら助けて欲しいに決まっている。あんなクソみたいな家、誰が望んで居たいと思うのか
軽く唇を噛んで、目の前にいるそいつを睨む


『もし、お前が助けて欲しいって言うんなら助けてやる。嘘を言ってるわけじゃない。お前が、手を取れば助けてやることが出来る。実力行使じゃない、法的にお前を親から放すことは出来る』


そういって、俺に握られていない方の手を、俺の手に重ねるようにして触れた。触れられた手は暖かくて、揺らぐことの無い藍色の双眼が俺を射るように見つめてくる。

今まで、こんなまっすぐな、嫌悪も不快も混じっていない眼を向けられたことがあっただろうか。赤の他人であるはずの、目の前の奴から、視線を外せない

本当のことを言えと、強くそう訴えかけてくる。重ねられた手のひらが強く握られた



信じるべきではない。



手を取るべきではない



きっと今までの大人と同じように、何もできはしないんだ


信じるな



手を取るな



また手を取って、離された時苦しいのは自分なのだ




頭では分かってもいても、手が、その重ねられた暖かい手を、助けを請うように握り返した。

そうすれば、引き寄せるようにひっぱられて、目の前にいた藍色の奴の肩口に顔を押しつけられた。突然のことに抵抗しようとしたが、頭にのせられた手が、優しく、自分の頭を撫でて、それが酷く心地よくて、抵抗することができなかった。


人の手はこんなに暖かいものだっただろうかと。肩から伝わる心臓の音が、子守唄のように眠りを誘って、そのまま意識を落とした
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