最果て


□××と月
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練習試合から数日後の夜。

あたりはもう日が落ちて暗く、道に一定の間隔で付けられている電灯が周囲を照らす。



いつもの様に虹村家へお邪魔して夕食を食べ終え、自宅へ来た。来たという言い方はおかしいのだが、如何せん自宅よりも虹村家にいることの方が多い為、自宅であるという感覚が薄い。

殆ど使用されていないソファに座りぼんやりと天井を眺める。
今日は課題が多いらしくご飯を食べた後すぐに机に向かった虹村。それを邪魔しない為に修也と七奈美を寝かしつけ戻った。自身の課題はもう終わらせてある。特にすることもなくて、真っ白な天井を眺めるだけ。


ふと左腕を上げて指先を見る。

人差し指と中指に巻かれたテーピング。それを見て息を吐く。

そして今日の部活であった事を思い出した。







◆◇◆◇










今日の部活はある一点を除いていつも通りだった。

ある一点とはあの赤色、赤司征十郎。

今日はたまたま練習中につき指をしてしまった。普段ならばマネージャーがその対処をしてくれるのだが生憎その時はマネージャーがおらず、周りで突き指に気付いていたのは己だけだったためそのまま練習を続けた。


それがいけなかった。



暫くは問題なく練習を続けた、がまた同じ所を突き指してしまったのだ。

二度目も誰も気付いていないようだったが、さすがにこう二度も突き指をするのは不味いと練習を抜けようとしたその時、後ろから声を掛けられた。

誰に、赤司征十郎にだ。


振り返って見えた赤色に酷く鼓動が早まるのを感じた。

何もこのときが初めての会話ではない。部活中何度か話したことはある。けれど、その時は必ず他に誰かがいた。


今まで、避けていたつもりはない。向こうからの接触がなかったこと、学校では同じ部活の一年生ということしか接点がなかったこと。必要最低限部活の連絡事項や練習中の掛け合いしかしなかったことが、一対一の会話になったときに動揺を生んだ。


自分の事を忘れているのか、それともわかっていて何も言わずにいてくれているのか、わからない今の現状で彼と二人で話すことに抵抗を感じていたのも確かだ。

そして、この中学に入って最初、彼の笑顔が見たいといっていた心とは裏腹に、自分はきっとまだ、あの家のことを酷く恐れているのだということも。

彼に関わる事でまた、彼を傷つけてしまうのではないかと、あの日見た彼の顔が離れない。



いつの間にか自分は酷く臆病な人間になっていたようだ。あの家が、父が、彼が酷く恐ろしく思えた。


離れていた六年間で生じ膨らんだそれは、どうやら己の心の奥深くで何かの上に鎮座しつづけているらしい。

ここまで臆病になってしまった己が情けない。心が心に追いついていない、変なことだとは思うがそれが一番今の己に近かった。


震えそうになる声を抑えて用を問えば、突き指のテーピングを巻いてくれるようだった。彼が指に巻いてくれている間も動揺は拭えずにいた。


終わって彼が離れていった後、ようやく治まったそれに、一度深呼吸をした。
練習に戻ろうかと思っていたところで近くにいた関口に呼び止められた。

何かと思えば、とても顔色が悪いらしかった。顔面蒼白という言葉が似合うような顔色だったらしい。

それを見たコーチも、突き指のこともあって少し保健室で休むように言われた。

そんなに顔色が悪かったのか、もしかしたら彼にも見られただろうかと考えたが、彼のことだ、きっと気付いていればその場で言っていただろう。

しばらく保健室で横になり30分ほどで練習に戻った。

虹村や久保田、青峰たちに大丈夫なのかと心配をされた。
今日の夕飯作りも、虹村はいつも修也たちと風呂に入り、その後は調理の邪魔にならないようにリビングで三人一緒に待っているのだが、修也達にも今日の事を教えたらしく三人で手伝ってくれた。
手伝ってくれたのはとても嬉しかったのだが、虹村が机に向かってから、二人がしばらく引っ付き虫になってしまったのだ。
膝の上に乗って肩口に顔をぐりぐりとするその仕草はとても可愛かったのだが、成長して重くなり始めている二人を乗せ続けるのはかなり大変だった。


今日あったことはこんな所だろうか。その後はさっきの通り二人を寝かしつけて戻ってきた、それだけだ。

ソファに横になって天井を仰ぐ。

質のいいソファは堅くなく、眠りを誘うような弾力性がある。このままでいると眠ってしまいそうだ。まだ風呂に入っていないのでこのまま寝るのはよくない為起き上がる。何か物足りない気がして、何かすることがなかったかと考えるが何も無い。
いつも眠る時間にはまだまだ余裕がある。

不意に目の端にうつったバスケットボールに、身体を壊さない程度なら問題ないだろうとそれを持ち、暗くなり星が散りばめられている空の下へ出た。
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