異国の日常:第2章
□第2話
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ロンドンでネズミが大量発生したらしい。その被害は郊外のファントムハイヴ邸にも及んでいた。
バルド、メイリン、フィニの3人はそんなネズミ退治に追われているようで、バタバタといつにも増して騒がしい。
けれど、私のいる部屋はそんな様子が微塵もなかった。
「随分と騒がしいな。どうやらココにも鼠がいるようだ」
忌々しそうに呟くのはランドル公。部屋を見渡すと、坊ちゃんをはじめとする裏社会の大物ばかり。各々が各々を牽制し合っているこの部屋の重々しい空気はどうも苦手だった。
なぜビリヤードをするのかは私にはわからないが。
「お待たせいたしました」
「ご苦労」
私はディーデリヒ様の前にサンドイッチを置いて速やかに部屋を出た。呼ばれていないときは入ってはいけない。呼ばれたとしてもすぐに出る。それがこの部屋の決まりだ。
コツコツと踵を鳴らしながら歩く。この2年でこの歩き方にようやく慣れたところだ。これが普通だなんで英国人はやはり不思議。ついでに鳴らし方で誰だかわかるぐらいにもなった。
未だにワアワアと3人の声が聞こえる。私も手助けに行こうか。
そう思ったその時
「やあ、棗」
「ぎ、ギャァァァァァ!!!」
突然後ろから抱きしめられた。
足音も気配もなく近づいてくるやつなんて決まっている。
「仕事中はやめて!劉!!」
「嫌だなぁ〜。我は頑張っている棗を褒めに来ただけだよ。お客人としてね」
「ぐぬぬ…」
中国人の劉。
貿易会社の支店長を務めながら、裏の顔としてマフィアの幹部という肩書を持つ男。坊ちゃんからイーストエンドおよび港の管理を任されていて、坊ちゃんの束ねる裏社会にはなくてはならない人物だ。
そんな彼と私との出会いは2年前。依頼中に出会い、勘違いから一戦交えた関係だ。
始めは私としても嫌悪感丸出しで対応していたのだが、いろいろあり……ほんっとに色々あり今はそこそこ良好な関係を築いている。
友人でもないし、同僚とも言えない。なんとも不思議な関係だが。
「劉。話し合いはいいの?」
「ランドル公の完敗さ。また伯爵に言いくるめられていたのは実に見ものだったよ」
「悪趣味」
「そういう棗だってにやけているよ」
「そりゃあ我が愛しのご主人様の活躍は使用人として鼻が高いもの」
するりと劉の腕の中から抜け出す。そろそろ話し合いも終わる頃だろうし、坊ちゃんにお菓子をご用意しなくちゃいけない。
「それじゃあね劉。私は仕事に戻るから」
「それは残念だ。そうそう、鼠の件なんだけれど…」
劉はこっそりと耳打ちした。
その目は真剣で、確かな情報だとわかる。
「それじゃあ、また来るよ〜」
言い終えるといつもの口調に戻り、玄関の方へ消えていった。
「はぁ。また大きな鼠がいたものだ」
「あれ?棗さん?どうしたんですかこんなところで」
「フィニ。私は今からロンドンに行ってくるから」
「?」
よくわかっていなさそうに頭にハテナマークを浮かべるフィニ。
「とにかく、セバスに伝えてくれる?」
「はーい。わかりましたー!!」
元気だけは100点満点よフィニ。
「それじゃあ、よろしくね」
自室に戻りいつもの着物を取り出し、それを懐に入れた。母さんの形見の白い着物。ここに来る前はこれで仕事をしていたから離れがたくて、今でも『仕事』の時は執事服の上から羽織って使っている。さすがに移動は目立つから隠すのだけれどね。
「さて、鼠狩りと行きましょうか」