異国の日常:第2章

□第3話(切り裂きジャック編)
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「棗さぁぁぁぁぁん!ま、待ってくださぁぁぁぁい!」

突進とも形容できる勢いで走って来た彼をひらりと避ける。

「ぐふっ!?」
「あ……。だ、大丈夫ですか?グレルさん」
「だ、大丈夫です……」

避けた拍子に勢い余って柱にぶつかったのはグレル・サトクリフさん。
バーネット邸の執事、所謂マダムの執事だ。

何ヶ月か前に
「うちの執事を鍛えてやって!!」
とマダムから押し付け……お願いされて、一時期ファントムハイヴ家にいたことがあるのだ。

「遅くなりましたが、お久しぶりです。グレルさん」
「はい、お久しぶりです棗さん」
「しかし、なぜ追いかけて来たんですか?マダムの近くにいなくても?」

グレルさんは服をはたき、メガネを整えてからふんわりと笑った。
「奥様から棗さんを手伝うように言われたんです。女性1人に馬を任せるなんて何事だと」
「別に平気なんですが。でも、ありがとうございます。お言葉に甘えて手伝ってもらいましょう」
「はい!行きましょう。あっ!!」

嬉々として歩き出したグレルさんはズボンの裾に足を引っ掛け、盛大にすっ転んだ。

「イタタタ……」
「変わりませんね。お屋敷で壺を割ったのを思い出します」
「あああの時は本当にすみませんでした!!」
「私は怒ってないですよ。私は」
「ひいいいい。伯爵は怒ってるってことじゃないですかぁ!!」
「ふふふ。まあ、それは置いといて。急がないと坊ちゃん達が来てしまいますよ」




馬に馬具をつけ、馬車に固定したところで坊ちゃん達が出て来た。

「手際いいわねぇ。グレル!あんたそろそろ1人でこれぐらい出来るようになりなさいよ!」
「も、申し訳ありませんんんん」
「まあまあ、マダム。グレルさんが手伝ってくれたおかげで早く終わったんですから。ね?」
「そう?棗がそう言うならいいんだけど…」

坊ちゃん、マダム、劉、セバスの順に馬車に乗り込む。
4人が乗ったのを確認して私は御者台に登る。

「あれ、棗はこっちじゃないのかい?」

中から劉の声が聞こえた。

「これは4人乗りですから」
「何ならお前が外でもいいんだぞ」
「ええ〜それはヤダなぁ」
「一応私は上級使用人ではないからね」


そう答えて前を向く。
グレルさんも登ってきたので手綱を渡した。

「え、私ですか!?」
「私、馬車の操作はできないんですよ。お願いします!グレルさん!!」

パンっと両手を合わせてお願いのポーズをとる。
すると渋々引き受けてくれた。

「私もあんまり得意ではいのですが」
「出来るだけマシですよ」
「が、頑張ります」

グレルさん、基本はいい人だよね。
少々?かなり?……とてもドジだけど。








ううん、違う。


"いい人"ではない…かな。
偶然かも知れないけれど。
あまり信じたくはないけれど。
彼の瞳は黄緑色。
その色が持つ意味を、私は知っている。


馬車はゆっくり動き出した。
ちらりと横を向けばおっかなびっくり手綱を操るグレルさん。

彼がファントムハイヴに牙を剥かない限り、私は警戒はしないことにしている。
悪魔と仕事している以上、こんな事もある。
坊ちゃんも気づいていないようだし、"いい人"は信じたいと思うから。
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