異国の日常:第2章
□第3話(切り裂きジャック編)
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「棗さぁぁぁぁぁん!ま、待ってくださぁぁぁぁい!」
突進とも形容できる勢いで走って来た彼をひらりと避ける。
「ぐふっ!?」
「あ……。だ、大丈夫ですか?グレルさん」
「だ、大丈夫です……」
避けた拍子に勢い余って柱にぶつかったのはグレル・サトクリフさん。
バーネット邸の執事、所謂マダムの執事だ。
何ヶ月か前に
「うちの執事を鍛えてやって!!」
とマダムから押し付け……お願いされて、一時期ファントムハイヴ家にいたことがあるのだ。
「遅くなりましたが、お久しぶりです。グレルさん」
「はい、お久しぶりです棗さん」
「しかし、なぜ追いかけて来たんですか?マダムの近くにいなくても?」
グレルさんは服をはたき、メガネを整えてからふんわりと笑った。
「奥様から棗さんを手伝うように言われたんです。女性1人に馬を任せるなんて何事だと」
「別に平気なんですが。でも、ありがとうございます。お言葉に甘えて手伝ってもらいましょう」
「はい!行きましょう。あっ!!」
嬉々として歩き出したグレルさんはズボンの裾に足を引っ掛け、盛大にすっ転んだ。
「イタタタ……」
「変わりませんね。お屋敷で壺を割ったのを思い出します」
「あああの時は本当にすみませんでした!!」
「私は怒ってないですよ。私は」
「ひいいいい。伯爵は怒ってるってことじゃないですかぁ!!」
「ふふふ。まあ、それは置いといて。急がないと坊ちゃん達が来てしまいますよ」
*
馬に馬具をつけ、馬車に固定したところで坊ちゃん達が出て来た。
「手際いいわねぇ。グレル!あんたそろそろ1人でこれぐらい出来るようになりなさいよ!」
「も、申し訳ありませんんんん」
「まあまあ、マダム。グレルさんが手伝ってくれたおかげで早く終わったんですから。ね?」
「そう?棗がそう言うならいいんだけど…」
坊ちゃん、マダム、劉、セバスの順に馬車に乗り込む。
4人が乗ったのを確認して私は御者台に登る。
「あれ、棗はこっちじゃないのかい?」
中から劉の声が聞こえた。
「これは4人乗りですから」
「何ならお前が外でもいいんだぞ」
「ええ〜それはヤダなぁ」
「一応私は上級使用人ではないからね」
そう答えて前を向く。
グレルさんも登ってきたので手綱を渡した。
「え、私ですか!?」
「私、馬車の操作はできないんですよ。お願いします!グレルさん!!」
パンっと両手を合わせてお願いのポーズをとる。
すると渋々引き受けてくれた。
「私もあんまり得意ではいのですが」
「出来るだけマシですよ」
「が、頑張ります」
グレルさん、基本はいい人だよね。
少々?かなり?……とてもドジだけど。
ううん、違う。
"いい人"ではない…かな。
偶然かも知れないけれど。
あまり信じたくはないけれど。
彼の瞳は黄緑色。
その色が持つ意味を、私は知っている。
馬車はゆっくり動き出した。
ちらりと横を向けばおっかなびっくり手綱を操るグレルさん。
彼がファントムハイヴに牙を剥かない限り、私は警戒はしないことにしている。
悪魔と仕事している以上、こんな事もある。
坊ちゃんも気づいていないようだし、"いい人"は信じたいと思うから。