短編

□他人(ヒト)には視えぬ刀
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薬研夢/not審神者/信長に仕える少女/恋愛要素薄め
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付喪神は本来人の目には決して映ることのない霊体である。しかし、どの時代にも例外として極々稀にその存在を確認できる人間がいるという。
粟田口吉光の短刀、薬研藤四郎は長い刀生の中でそんな人間を一度だけ見たことがあった、
その人間は薬研藤四郎の持ち主であった織田信長に仕える娘。
幼い頃から信長の下で雑用係として働いていたその娘は、安土の地に城が建てられる頃に信長の目に止まり、成人の少し前ぐらいから殿付きとして生きてきた。
もっとも、その頃もあえて雑用を引き受けていたそうだが。

娘と初めて会ったその日を薬研は今でもはっきりと覚えている。





「な、何者!!」
娘と薬研が出会ったのは信長が安土城に移ってすぐのことだった。
新しい城に興味を持った薬研は本体から離れ散歩することが多くなっていて、その日もフラフラとしていた。
そんなの時、先ほどの鋭い声が聞こえ振り返ると娘が立っていたのだった。

一仕事終えてきたのか、着物は所々汚れていて、髪も少々乱れていた。
その時、娘は短刀を握りしめて薬研に向け、さらに冷たく睨んでいた。
薬研は突然刀を向けられたことに驚いたのだが、それ以上に
「嬢ちゃん、俺っちのことが見えんのか!」
人間の目に自分が映っていると心の底から驚いた。
まるでどこぞの白い刀のように。

娘は「何言ってんだこいつ」と言いたげな顔をしていたが、興が逸れたのか刀は降ろしていた。
「……貴方の名は」
「薬研藤四郎」
「で、出鱈目を!!それは殿の懐刀の名だ。騙されぬぞ!!」
予想どうりの反応。
薬研はどう説明したものかと頭をかく。すると、廊下の向こうから男衆が歩いてくるのが見えた。もし娘が自分と話しているところを見られたら、娘が1人で誰もいない空に向かって話しかけているようになってしまう。

立派な変人の出来上がりだ。

「嬢ちゃん。俺っちのことはちゃんと説明してやるから、ちょっと着いて来ちゃくれないか」
「…は?」
薬研は娘を背にして走り出した。娘も慌ててそれを追う。薬研が入ったのは小さな物置。新しいせいか、まだ埃もあまり溜まっていなさそうだ。
薬研は床に腰を下ろすと娘にも座るように促す。
娘は意外にも素直にそれに応じた。

「さて、話してもらおうか」
「はははっ、せっかちだな。お前さんは」
「いいから早く吐け。場合によっては殿に報告せねばならんからな」
「いいか、嬢ちゃん。俺っちはな____」




一通り話し終えたが、結局娘が薬研の言うことを信じたのは、鏡に薬研の姿が映らなかったのを見た時であった。
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