文学者達ノ恋模様
□恋乞いしい故意
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「よぅ」
聞き覚えのある人物に声をかけられ、国木田は振り向いた。
人気のない路上。薄暗い空間を切り裂いて現れたのは、小柄な男__中也だった。
眉をひそめ、攻撃されても反応できるように、間合いをとる。
神経質な国木田とは対照的に、リラックスした雰囲気の中也は、随分警戒してンだな、と微かに笑った。
「……何をしに来た」
「一寸文句を言いに」
言うが早いか、中也は彼の目の前から姿を消した。
「っ!!」
目の端に映った黒い影に反応して、紙一重で攻撃を防ぐ。
重たい拳が、容赦なく国木田の腕に当たる。何時もならその勢いを利用して、逆に相手に地面を拝ませることも出来たかもしれない。
だが、今日は。
「い゛……ッ!」
攻撃を防いだ左肩が軋む。激痛に顔を歪ませ、不覚にもバランスを崩す。中也はその隙を見逃さず、足払いをして国木田を地面に張り付けた。
「チッ、やっぱりか……」
「退け!!」
「あーハイハイ、まあ焦るなって。用事がすんだら直ぐ消えるから」
もっと喚くかと思いきや、思いの外素直に焦るのを止め、口を閉ざした国木田。いや、素直と言うよりはこちらの出方を窺っているのかもしれない。
「お前、太宰の相棒なんだろ?」
「……そう、だが」
「だったらこんなつまんねぇ怪我してんじゃねぇよ」
「………」
国木田は地面とこんにちはしているため、中也の表情が見えない。しかし、その声音から、何か、伝わってくるものがあった。
罵倒ではない。叱咤、あるいは、激励……
「あいつは飄々として、いけすかねぇ野郎だ。頭ン中、女酒遊びしか入って無さそうな駄目人間だ。だがな、あいつは脆い、危うい。棘が刺されば死んでしまうような……」
分からない訳でもない。何時も強い人間だからこそ、一人で歩かせるには些か、不安の残る。支えて居たいと思う。
「相棒なら、あいつを守れ。嫌な奴だが居て損はねぇ筈だ。お前が、守れ」
拘束がゆっくりとほどかれ、国木田は自由を取り戻す。まだ仄かに熱をもった肩。地面に右手を付き、立ち上がる。
小さな元相棒は、こちらを真っ直ぐに見つめていた。
泣きそうに歪んだ、しかし何処か晴れ晴れとした、複雑な顔で笑い、現相棒に頼む。
「……死なすなよ」
遠ざかる背中に、声を投げかける。
「約束する。絶対に」
小さい背中は、一瞬だけ立ち止まり、そのまま路上をでて、騒がしいであろう雑踏に消えていった。