文学者達ノ恋模様

□自殺志願者と人喰いの虎
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それはまるで、枯れ堕ちる徒花のように。
己に価値をみいだせなかった罰なのか。太宰には、解らなかった。

「敦……君」

何時もと同じ元気の良い返事は返ってこない。白いシャツを真っ赤に濡らした敦。地面に横たわったまま、微かに首を太宰の方に向けた。
その顔には、安寧の笑み。

「どうして……?」

敦は答えない。ただ静かに笑うだけだ。熟れた林檎のように赤黒い血が、地面に水溜まりを作っている。

「何で、こんなこと……っ」

顔が歪む。痛ましく歪む。太宰は、こんな結末を望んだ訳じゃない。こんなことの為に敦を探偵社に率いれたのではない。

「太宰さん……今日は、月が綺麗ですね……あの日と同じ……綺麗な満月……」

 朧気な視線を巡らせ、敦は月を仰ぐ。降り注ぐ月光が妙に愛しく感じられた。

「……太宰さん」

敦の声が響く。何処よりも高いビルの屋上で。

「一人は……厭です………」

嗚呼。
僕は酷く狡い人虎だ。其れでも……良
い。この人を酸化した世界から連れ出すには、もう……

「そう……じゃあ」

また一人になるくらいなら、ねぇ敦君。こんな酸化世界……君の力で壊してくれないか……

「……太宰さん、御免なさい」
「何で?有り難う、敦君」

風が、下から吹き付ける。髪が巻き上げられる。太宰は血塗れの敦を支えながら、奥条の手すりに手をかけた。
月光が華やかさを増す。

「……御免なさい」
「謝ることはないよ。謝らないで」
「でも……僕のせいで」
「君のせいじゃない」

太宰はきっぱりと言った。

「君のせいじゃない……君一人が責任を追うべきじゃない」
「……じゃぁ………」
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