短編

□耳へのキスは
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午後10時過ぎ。その日はどうも寝付きが悪くて、夜風に当たろうと私、名無しは甲板へと出ていた。今回の島は春島で、日中はポカポカと温かい陽気が辺りを包むが、日が落ちればまだ春先らしい肌寒さが私達を襲ってくる。

だが、部屋を出るも全くの無風。ただただ冷たさだけがそこにあった。部屋へ戻っても、恐らくは寝付けないだろう。既に目は覚めてしまっている。

どうしようかと考えていると、よく知っている“あの人“の声が耳に入ってきた。何で、こんな時間に?声に導かれるようにして、私は足を進める。

シャチ「あれ?船長どこかお出掛けですか?」

こんな時間に?と今日の不寝番であるシャチが、あの人…この船の船長であるローにそう聞いていた。不機嫌そうに眉をひそめ、整った顔には不釣り合いな隈を更に濃くさせるようにして、ローはシャチを睨みつけた。まるで察しろとでもいうように。

シャチと、この場にはいないがペンギンとは昔っからの友人だった。謂わば幼馴染。だから、シャチのことは分かっているつもりだ。あいつは人一倍鈍感だ。直球に言わなければ察することもしてくれない。いやもう言ってしまってるから察することは無理なのだろうが。

ロー「…シャチ、お前はどこを切り落とされたい?」

ゆらりと一瞬恐ろしい殺気に囲まれる。シャチは危険を察知したのか

シャチ「え゙。あ、あー!そう言えばもうすぐで交代の時間だ!んじゃ船長、俺はこの辺で!!」

逃げるようにしてその場を去った。ローはしばらく黙ってその場に佇んでいたが、すぐに島へと降り立った。私は壁に背中を預け、その場に座り込む。あの様子だと、明日の明け方辺りに帰ってくるだろうか…。

私とローとの関係は、世間一般的に言えば恋人であり、キスやら何やらをできる関係である。最近は疎遠になってきているが、付き合い初めの頃は毎日のようにローと身体を重ねてきた。キスも、ほぼ毎日していた。

貴「……ハァ」

私は溜息を吐いて体育座りをした。膝を抱えてから顔を埋めると、すぐに空を仰いだ。目の前には満天の星と、一際輝く大きな月。

「溜息を吐いてどうした?名無し」

横から聞こえた声に肩を震わせる。その落ち着いた声の持ち主…ペンギンは、私の隣に腰を下ろした。

貴「ペンギン」

ペンギン「ローのことだろ?俺に話してみろ」

彼の名前を呼び、ぎこちなく笑いかけると彼もまた、微笑みを向けてくれた。そして、私の悩みを当ててきた。“ロー“と、その言葉にドキリとするが、それを表情に出さぬように、ペンギンを見る。何でもお見通しだと言わんばかりのその口調に私は負け、ゆっくりとその口を開くことにしたのだった。

珍しく帽子を被っていないペンギンの顔は、月の逆光であまり見えない。だから、だろうか。余計なことまで話しそうになる。駄目だと自分で規制をかけ、言葉を選ぶように話した。
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