短編

□たったひとつ
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私と彼との出会いは、ー冊の本から始まった。


私の暮らす地域は田舎で、交通の便が悪くて、立春が過ぎた今の時期でもコンコンと雪が降っているようなところだ。家を出ると冬独特のにおいと10cmは軽く積もっているだろうか、真っ白な雪が積もっていた。サクサクと降り積もった雪を踏み締め、私は学校へ行くためバスの停留所へと足を進める。今はドンヨリと重たい雲が空を覆い尽くしているが、雪の降る気配は…まぁしないでもない。だが、傘は生憎持ち合わせていないので天気を気にしながら待つ羽目になってしまった。確か天気は曇りだったはずだ。曖昧な記憶を頼り、雪や雨が降らないことを密かに願った。

そんな中で2、3分過ぎた頃だろうか。同じ場所に茶髪の短い人がやって来た。少し童顔な彼は隣に立つとバサリと一冊の本を取りだして、読み始めた。身長や雰囲気から彼は大学生くらいだろうか。だが童顔な顔立ちから考えれば成人しているのかもしれない。人を見かけで判断は出来ないとはこういうことなのだろうか。

人の顔をジロジロと見るのも悪いので、バスが来たかどうかを確認するのを装って前を向いた。キラリと何かが彼の耳元で光る。それは、彼がピアスをしていたということを教えてくれた。

パラリ、パラリと紙を捲る音が耳に届く。彼が読んでいるのは何の本なのだろうか。ふとそんなことが気になる。駄目だと思いながらも、横目で本を覗いてみる。書いてあった台詞はこうだ。


『麦わら屋をここから逃がす!!』


麦わら屋。そう呼ばれるのはONE PIECEのモンキー・D・ルフィただ一人だった。そして、ルフィをそんな独特な呼び方で叫ぶ男はトラファルガー・ロー。人の命の取り合いをする海賊でありながら、海賊とは真逆な、人の命を救う医者である。

貴(ONE PIECE、かぁ…)

懐かしむように心の中でそうごちる。少し前までは、私も彼のように立ちながら本を読んでいた。でも、大学に行くにあたりこういうアニメ関連のモノは全て売ったのだった。本、CD、グッズ、DVD、フィギュア…どれも手放し難いモノではあったが、覚悟を決めて売ったのだ。今はもう落ち着いてきたし、色々なことにも慣れてきたので、まぁ、そろそろ戻ってもいいのかもしれない。


{こちらは〇〇学院行きのバスです。お乗りになるお客様は整理券をお取りください。こちらは……}


バスのその音でハッと我に返る。隣にいた彼は、いつの間にかいなくなっていた。急いでバスに乗り込むと、私を待っていたかのようにバスはすぐに出発した。座席に座り、鞄を開く。

貴(そう言えば今日の課題は発表だったはずだ。少しでも目を通しておかないと)

そう思ってジィィとチャックを開くと

貴「…え?」

さっきまで隣りにいた彼が手にしていた本が、そこには存在した。取った覚えも、入れられた覚えもない。明らかに不自然なソレは驚くほどきれいで、新品なのだろうか傷一つなかった。まるで私に"読んで"とでも言うかのように。引き寄せられるようにして、本を手に取り、ゆっくりと開いた。
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