短編

□キス一つ
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シャチ「なぁ、知ってるか名無し。ココの島の丘。そこで男女がキスをすると別れるんだとよ。」

ふとベッドに腰を下ろしているシャチがそんなことを口にした。倦怠感が残る身体を起こし、私はシャチを見る。窓から差す月の光は、シャチを照らしていた。とても儚く悲しい背中。傷は、一つもない。

貴「丘って…あの彼岸花が咲く、朱の丘?」

この島にシャチが滞在して3週間ちょっとくらいだろうか。この島のログはおよそ4週間。その間、シャチと私は一日も欠かすことなく身体を重ねている。男らしいゴツゴツとした手は、優しく私の身体を辿り、撫で、乱していく。肌の熱は、一種の媚薬。その吐息も、鼓動も。シャチの何もかもは、私を惑わせる薬。

シャチはトレードマークであるキャスケット帽とサングラスを外している。その姿はとても新鮮で、格好良くて、ドキドキと鼓動が早くなる。でもどこか遠い。そんな感じがする。

シャチ「そっ、今はそのジンクスが変わってって、“キスをすると相思相愛の仲になる“…なぁんて事になってるけどな」

私の顔を見ないシャチは、どこか哀しそうにそう言った。その台詞は、どんな思いで私に告げたのだろうか。そんなことを頭の角で考える。

朱の丘は、この島名産の彼岸花が沢山花咲かす場所。あそこは彼岸花にとって最高の土地であるらしく、かつて丘に咲いていた秋桜を絶滅させた程である。

ちなみに、朱の丘の彼岸花の朱は、人間に通う血のように赤黒い。まるで朱の丘で幾人もの人々が亡くなったとでもいうように。

貴「シャチは…朱の丘、行きたいの?」

私は徐にそう聞いてみた。行きたいと答えたなら、その相手は私なのだろうか。だがシャチは、笑顔を浮かべ、私の質問に答えることなくキスをしてきた。

甘く、貪るような激しいキス。でも、どこか脆さを秘めている。次第にそれは深くなり、熱を帯びていった。

シャチ「っ……」

キスをする間、うっすらと私は目を開いた。眉間に皺を寄せ、辛く、悲しそうに輝くシャチの眼に、私は気付かない振りをした。そして再び目を閉じる。息苦しい程の愛は、何もかもを蝕むんだと分かっているのに。私はそれを拒まず、寧ろ受け入れた。

熱に浮かされて、今日もまた夜が明ける。いつも私が朝目を覚ますと、シャチは当然のように姿を消していた。その次の朝は珍しくベッドに残っていた。…何となくシャチが言いたいことは勘づいている。私はそれをどうすればいいのかも。分かっている。
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