HQいろいろ@

□お風呂が怖い
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 夏休みに入っての本格的な長期東京合宿。野郎同士でまとめて風呂に入る姿もそろそろ様になってきた。


「いちねーん」


 風呂上がりで縮んだ西谷のよく通る声が響いた瞬間、日向は勢いよく着替えを持って飛び出した。


「ふっろ!ふっろ!」

「ちょ待て日向!俺が先だ!」

「毎日毎日よくやる……」

「壊れたラジオみたいだよね」


 煙を立ち上げて走り去る日向と影山を、後ろから月島と山口がマイペースに見守るというのももはや恒例の図である。


 一番に到着した日向は恥も外聞も上下左右もなく衣服を脱ぎ捨てて浴室に飛び入った。三年生、そして二年生と続いて一年は最後なので床はすっかり滑りがある。


「いっちばーん!ぐあ!!」


 かかとで滑って下半身からスッ転んで積んであった桶と石鹸を跳ね上げた。ドンガラガッシャンという音も浴室の中では10倍になって反響した。
 カラカラと扉を開けて影山が入ってきた。すぐゲッとする。なにしろ眼前には散らかった桶と真っ裸の日向が転がっているのだ。


「うう……」


「なにやってんだ……お前」


「かげ、やま。血、血出てる、血」


「血?血って、どこから」


「ケツ!ケツ痛い!俺のケツ、今絶対血出てる!」


 (うげ……)


 すっかり取り乱しているようだ。「落ち着け」と腰に手をあてる。


「見たとこ床にも広がってないし、打っただけだ気にすんな」


「嘘だ、絶対4つに割れてる。なあ、影山ちょっと見てくれよどうなってる?」


「い、嫌だ気持ち悪い」


揉めているところに月島と山口が入ってきた。二人は掴まれた足首を振り払おうとする影山の後ろ姿に目を丸くし、隙間から見えた日向を見てこれ以上はないというほど笑い転げた。


「ぎゃははは!傑作!翔陽、おまえ、蒙古斑できちゃったのか!」

 風呂上がりの大部屋でも笑い者になった。床を叩いて涙を流す西谷に、日向は真っ赤な顔を枕にうずめて隠した。尻はまだ鈍くうずいている。今日はうつ伏せでしか寝られない。


「も、もうこはん……」

 まだ笑っている。

「すっごい青アザ……恥ずかしいー」

 よりによって一番見られたくない月島野郎に見られた。すっかり言いふらされてコレだ。

          ○

 翌日、試合に参加できず立っている日向に研磨が尋ねた。

「そういえば翔陽、怪我したんだって?」

「え……あ、うん……」誰だ更に広げた奴。

「ふーん……大丈夫なの」

「大丈夫じゃ、ない」

 まだ痛みが引かない。さっき試合開始したらステップ踏むだけで死んだ。絶対に中で4つに割れているのだ。

「まあ……今日のお風呂気を付けてね」

 と、さして関心があるでもない研磨は何気なく言ったのだろうが、日向を恐怖に陥れるには十分だった。


          ○


「しゃーねえ。手伝ってやるから入れ」

「た、田中先輩!」

 面倒見のよい田中の申し出で恐怖のタイルを支えて貰えることになった。よろよろと黒いジャージ姿の田中について浴室に消えていく自分を見ていた菅原が、「介護施設みたいだな」と呟いたのを日向は知らない。

 今度こそ滑らないように……。

 ────ドンガラガッシャーン────

          ○

「恐怖心からまたこけそうになって、田中を力任せに引っ張ったらしい」


 うつ伏せで川の字になる日向と田中を眺めながら旭が澤村に説明した。

「なにやってるんだ……」

          ○

「風呂に……入らない?」

「もう、無理デス」

 大部屋の隅っこに横たわる日向と田中を数人で取り囲む。二人は風呂に入らないと言う。

「龍。お前まで我儘言うな。手伝ってやるって言ってるじゃねーか」と西谷も励ましたが、ムンクになった田中はサラサラと首を振った。

「俺らは、もう、入らねーな?日向……」

「はい。もう、風呂はこりごりです……」

「お前なあ」

 言いかけた影山の肩をそっと掴み、大地が前へ出た。にっこりと優しい笑顔を見せ、問答無用で二人の襟首を掴んで引っ立てる。


「はい、お風呂入ろうね汚いから」

「大地さぁん……もう、勘弁してくれぇ!」

「俺たちのケツは、限界なんです!」

「大丈夫だよ、俺たち手伝ってやるから。その代わりもう転ぶなよ」


 人の気も知らないで菅原は笑っている。引っ立てられた二人の後をぞろぞろと大勢ついて歩いた。
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