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□俺の屍を越えていけ
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 四日前に沖縄に生息していた台風がいよいよ東北にまで接近していた。今年に入って10番目の、季節外れの超大型台風であった。


「なんか今日天気悪いなー」


 ボールを持ったまま日向はぽつりと呟いた。ウーッという風の唸りと共に、重い湿気った風が体育館の中にまで吹き込んでくる。空はどんよりどころか墨を流したように暗い。まだ夜とは言えない時間帯なのにだ。



「台風来てるの知らねーの?」


 背後からひょっこりと菅原が現れる。首を傾けて日向の頭の上から同じように天気を眺めた。



「テレビで朝から言ってたべ?」


「へーっ。朝テレビついてたけど、そういえば……あれ? 俺、なんで見なかったんだろう……」


 首をこねくり回す日向を月島がせせら笑った。


「寝ながらご飯食べてたんじゃないのー」


「おっ! その可能性は否定できな、じゃなくて! ちゃんと起きてたよ! 天気予報は興味がないから見なかっただけだ!」


「……なんで興味ないワケ。山越えなら普通気になるデショ」


「え? だって晴れだって雨だって自転車に変わりねーもん」


「ほんと野生児だなーお前!」


 カカカッと笑う田中の横から「ねえ……」と控えめに声をかけたのは、烏野男子バレー部自慢のマネージャー・クールビューティー清水潔子だ。
 無口で凛とした風情だが、笑うと愛嬌のある可愛い人である。このギャップと見たままの美しさの虜になる男は数知れず、田中と西谷は彼女の信者だった。



「はいっ! 潔子さん!」


 珍しく潔子から話しかけられ、田中が風の速さで振り返る。


「なんなりと!」


 いつの間にか西谷も増えていた。二人をうっちゃって、潔子は日向に視線を向けた。



「谷地さん戻ってない?」


「いや、俺見てないです」


「そう……」艶やかな黒髪を耳にはさみ、眉をひそめる。「ノート、教室に忘れたって取りに行ったきり、戻ってこないから……」


「えー」


「私ちょっと見てくるから、お願いね」


「あ」


 返事も待たずに走り去ってしまう。



「おーい」


 入れ違いに顧問の武田が現れた。驚いたことに、肩がぐっしょり濡れている。さっきまで天気が悪くなっているだけだったのに、横殴りの雨が降っていた。学校から体育館までの渡り廊下で武田もずぶ濡れになってしまったらしい。

 体育館の床にも細かい水滴がつくようになり、澤村と菅原が扉を閉めた。


 雨の音が遠い。奇妙な閉塞感に包まれた。


「台風の勢いが随分速くて強いみたいなんだ。みんな今日は帰った方がいい。僕は今から電車の運行状況調べてくるから」


 自然災害には勝てん。練習の鬼を自負する部員どもも、この時ばかりは大人しく片付けに散った。
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