HQいろいろ@
□真夏の影法師
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「夏後ろ!」
「うん!」
夏休みに入って、初めてなにもない休みだった。高校に入って特にバレー馬鹿と化した日向は歳の離れた妹に構っている暇はない。今日は久しぶりに妹を連れて映画でも見よう。
妹が後ろに乗ったのを確認し、自転車は勢いよく坂道を下った。
「わーい!もっとこいで!」
「馬鹿転ぶー」
天真爛漫な妹を叱りつける日向の頭上をこれでもかと日が照った。お出掛け日和の快晴だ。
○
────セッターの真髄とは!
著者は引退した元全日本選手。信憑性はあるだろうか。
目当ての漫画はもう小脇に抱えている。店を出る直前に目に入ってしまい、思わず手に取った。ぱらぱらめくって、すぐ諦める。字が多いし小難しい精神論が色々書いてある。もっとサッとスパッとわかりやすい本なら買おうという気にもなるのだが。
自動ドアから透けて見える外の景色は嫌という程カンカン照りだった。一歩でも足を踏み出せば汗が噴き出す。しばらくうろうろ粘ってみたが、本当に興味を引くものがなくなったので影山飛雄は仕方なく店を出た。
「あっち……」
案の定太陽が目に刺さる。自転車のかごに荷物を放り込み、さあいざスタンドを蹴ろうとした影山の目に、少女が映り込んだ。明るいくりくりの髪をした小さい女の子が、女の子と同じくらい小さい鞄を肩からかけて「おにいちゃーん」と盛んに兄を呼んでいる。
(呼ばれてんぞ兄貴)
「おにいちゃーん」
(ああ迷子か)
──迷子?思わず二度見した。そのとき、女の子もこっちを見た。
目が合ってしまった。
(まずい)
急いで自転車を引いて行こうとした。迷子の世話なんかできるか。誰か、もっと、大人。
「おにいちゃーん」
(誰か来い)
「おにいちゃーん?」
(誰でもいい!)
「おにいちゃーん」
「お兄さん、呼ばれてますよ」
駅から出てきた主婦が肩を叩いてきた。
「俺じゃ──!」
もう聞いていない。なんて無責任。なんて逃げ足の速い。と、影山はなんの罪もない主婦を罵った。
観念し、引きずった自転車を再び元の位置に戻し、少女に近付いた。不審者と思われてはならない。
全身全霊を持ってして、影山は笑顔を作った。
「…………きみ」
「ひいっ!」
短い悲鳴と共に少女は電柱の後ろまで逃げていく。影山は悲しくなった。まだなにも言ってない。笑顔も作った。慣れない言葉遣いまでして優しくしたのにこのザマだ。と同時に腹も立ってきた。
(俺は関係ない。なのに日向みたいにまるで俺が気色の悪い作り笑顔したみたいな反応しやがって)
事実その通りなのだが努力したつもりの影山にわかろう筈もない。