短いお話

□勝利の女神。 由依ちゃん夢
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シュッ…パシッ‼︎

シュッ…パシッ‼︎

ふぅ…。

隅谷 「こんなもんでいいだろ!」

『そうですね』

グローブを外し、ブルペンを出る。

『付き合ってくれて、ありがとうございます』

隅谷 「なに、俺も落ち着かなかったけどさ、いつも通りお前の球受けてたら大分落ち着いたよ」

この人はうちの球団の正キャッチャーで、俺の女房役の隅谷さん。

俺の三年先輩で、俺が入団してからずっと組んでる。

『あと1時間で始まりますね』

隅谷 「あぁ…勝とうな 」

『はい』

ロッカールームに戻り、バッグを開けてタオルを取り出す。

すると、携帯に着信を知らせるライトが光っていた。

『誰だろう』

携帯を確認すると、俺の幼馴染であり、恋人でもある横山由依だった。

時計を見て、まだ集合まで時間がある事を確認した俺はすぐに電話をした。

すると、由依はワンコール終わらないうちに出てくれた。

(由依 「もしもし?」)

『もしもし、ごめんな、ちょっと練習してた』

(由依 「あ、そうだったんや。こっちこそごめんな?」)

『ううん、大丈夫だよ。俺も電話したかったし』

(由依 「そっか…あ、今なそっちに向かってんねん」)

『そうなの?』

(由依 「うん。収録が早めに終わって。だから、はじめから観れると思う」)

『そっか、良かった』

(由依 「集中したい時に電話なんかしちゃって、ほんまに…」)

『そんなことないよ。むしろ、由依の声聞いて安心した』

(由依 「ほんま?」)

『うん。由依の声聞いてるのが一番落ち着く』

(由依 「あかん、めっちゃ恥ずかしい…」)

『ふふ、ごめん』

(由依 「雪成…頑張って」)

『うん、頑張る』

(由依 「ほな、そろそろ着くから」)

『分かった。絶対勝つから、待っててな』

(由依 「うん。ほなね」)

電話を切り、ひとつ深呼吸をする。

由依と喋れて、不思議と落ち着いた。

『よし…行こう』

そう呟き、ベンチに入る。

主将 「雪成、3勝3敗迎えた今日。お前に託すぞ」

うちのチームの主将が話しかけてきた。

『はい。勝って、ビールかけやりましょうよ。俺まだ経験してないんで』

「あぁ、そうだな。俺たちも、雪成の援護するから、安心して投げてこい」

『ありがとうございます』

その後監督から話があり、ついにプレイボール。

俺たちのチームは後攻。

つまり、俺の一球で試合が始まる。

マウンドに立ち、周りを見回す。

何万人もの観客。

その中に由依はいた。

いつもの事ながら、周りに大勢人が居ても、由依だけはすぐに見つける事が出来る。

由依に向けて、小さく頷くと、由依も返してくれる。

『ふぅ…』

息を吐き、バッターに向かう。

1球目は、キャッチャーと話して事前に決めていた。

ど真ん中にストレート。

振りかぶり、思い切り投げた。

キャッチャーの構えたミットは、1ミリも動く事なく、その中にボールは吸い込まれていった。

『よし…いける』

その後、6回の表までお互い点が入る事もなく、ゲームは均衡していた。

しかし、6回の裏、うちのキャプテンの一振りでゲームは動き出す。

アナ 「入ったぁー‼︎‼︎ついに均衡が破られました‼︎キャプテンの一振りで日本一をグッと引き寄せました‼︎」

よしっ‼︎

ダイヤモンドを一周し、帰ってきたキャプテンは本当に嬉しそうだった。

主将 「これでちょっとは楽になるだろ!」

『はい』

その後点が入る事はなく、7回の表。

ここでも俺は、最高のピッチングが出来た。

未だに誰にもベースを踏ませる事なく、21個目のアウトを取った。

小走りにベンチまで戻り、給水をして仲間の攻撃を見守る。

この回も、俺の女房役でもあるキャッチャーの隅谷さんが、ツーランホームランを放った。

帰ってきた隅谷さんとハイタッチを交わす。

そして、8回の表。

一人目がバッターボックスに入る。

隅谷さんが示したのは、インハイにスライダー。

俺はそれにうなづき、振りかぶる。

俺が放ったボールは、キャッチャーミットに入る事は無く、バッターに当たってしまった。

球審がデッドボールと宣言し、バッターは一塁へ歩いていった。

それから俺は乱調し、続くバッターはフォアボールで歩かせてしまった。

すかさず、隅谷さんがタイムを宣言して駆け寄ってくる。

内野がみんな周りに集まってくる。

隅谷 「大丈夫か」

『すみません、大丈夫です…』

隅谷 「心配するなって、もうちょっと気楽に投げろよ。打たれたら俺たちが取ってやるからさ」

『…すみません、弱気になってたのかも知れないです。もう、大丈夫です』

隅谷 「あぁ、よし、戻ろう」

みんなが所定のポジションに付き、マウンドに一人になる。

すると、また不安になってきた。

もしホームランを打たれたら、またデッドボールやフォアボールになったら…。

そんな事を考えながらも、キャッチャーミットに向かって、ボールを投げる。

しかし、大きく外れてボール。

『っ…』

しんどくなり、俯くと

由依 「頑張れー‼︎‼︎」

と、声が聞こえた。

顔を上げると、一番前のフェンスまで来ていた由依が居た。

由依 「雪成なら大丈夫やて‼︎絶対勝てる‼︎」

由依がそう言ってくれていた。

人目も憚らず、大きな声を出しながらフェンスを握って。

そんな由依を見たら、スッと視界が晴れた気がした。

全てのものがいつもより、綺麗に見える。

俺は由依に大きく頷き、構えた。

打たれたっていい。

後ろには、それを取ってくれる仲間がいるから。

そう思いながら投げた球は、綺麗な直線を描きキャッチャーミットに入った。

それから俺は、調子を取り戻した。

いや、取り戻したなんて言葉じゃ足りない位に絶好調だった。

俺はそこから、三者から連続で三振を取った。

そして遂に、9回の表。

2人目まで三振を奪い、最後の一人。

目を瞑り深呼吸をする。

落ち着いて目を開ける。

1球目要求されたのは、カーブ。

振りかぶり、投げる。

バットは空を切る。

ワンストライク。

2球目、スライダー。

アウトコースギリギリに放った球は、綺麗にキャッチャーミットに吸い込まれる。

ツーストライク。

この一球で終わるかもしれない。

由依の方を見ると、手を組んで見守ってくれていた。

それを確認した俺は、大きく振りかぶり、渾身の一球を放った。

球は、バッターが振ったバットに当たる事なく、ミットに吸い込まれた。

球審が告げるのは、ストライクのコールとゲームセット。

ベンチから仲間が駆け寄ってくる。

「よっしゃー‼︎」

「日本一だぁー‼︎」

みんなで抱き合い、監督を胴上げした。

その後、主将と監督のインタビューが終わり、MVPの発表。

「これより日本シリーズMVPを発表いたします…日本シリーズのMVPに輝いたのは…第1戦最終戦と完封劇を繰り広げた斑鳩雪成投手です‼︎」

え、おれ!?

「斑鳩選手、こちらへどうぞ!」

『まじ…?』

「いってこい!」

隅谷さんに背中を押されて、前に出る。

マウンド付近に設置された簡易ステージに上がる。

「まず最初に、日本一おめでとうございます!」

『ありがとうございます!』

「そして、日本シリーズMVPです‼︎」

『めちゃくちゃ嬉しいです‼︎』

「始めての日本シリーズどうでしたか?」

『正直しんどかったです。第1戦は少し気楽にやれたんですけど、今日は本当に辛かったです。でも、仲間の援護があったんで勝てました』

「途中で乱調したように感じたのですが」

『思いっきり乱れてましたね。1人目にデッドボールを投げてしまって、そこから一気にグラグラになっちゃって。その時も、仲間が声掛けてくれたんですけど、復調出来なくって』

「復調のきっかけは何だったのでしょうか?」

『あー…ある人の声援…ですかね』

「ある人とは?」

『…呼んでも良いですか?』

「はい、大丈夫ですよ」

『えーと…由依‼︎こっちまで来れる?』

急に名前を呼ばれた由依は、少し戸惑っている。

由依を呼んでから2分程で、俺の隣まで来た。

由依 「ちょっと、恥ずかしいねんけど」

『ごめん。でも、ここで言いたかったんだ』

由依 「何を?」

俺は、ポケットから指輪の入った箱を取り出し、由依の前で開ける。

そして、一生に一度の台詞を、由依に言う。

『俺が、由依の事を一生幸せにするから。俺と、結婚してください』

そう言うと、由依は涙ぐみ口を手で押さえた。

『返事、聞かせてもらえるかな』

由依は涙を拭いて、俺に笑顔を見せてこう言った。

由依 「私にも、雪成の事を幸せにさせてください。お願いします」

周りからは大歓声が聞こえる。

隅谷さんからは

隅谷 「日本一とMVPと奥さんを同時にGETなんて…ズルい‼︎でも、幸せになれよ」

と言われた。

『びっくりした?』

由依 「ほんまにびっくりしたわ」

『ほら、サプライズってやつ?』

由依 「ふふ、せやね」

『俺、遠征がほとんどだから、なかなか家に居れないけど、寂しくない?』

由依 「それ知ってて雪成と結婚すんねんで?」

『そっか。ありがとう』

由依 「うん、ビスと一緒に待っとる」

そう言って俺たちはキスをした。


平凡な日常を彩る、たった一つの言葉。

平坦な道程を彩る、たった一つの出来事。

俺たちのこれからの日々は、色鮮やかな光に照らされる。

たった一つ。

愛する人と共に居れることで。




story end

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