短いお話

□遠回りで得た幸せ。 さや姉夢
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人が話す声。

靴が床に擦れる音。

呼吸する音。

自分の鼓動。

全てが雑音に聞こえる。

俺は………人生でMAXに緊張していた。

3年前、高校の同級生5人で結成したバンド。

名前はcrisis。

俺たち5人は、高校卒業する時にバンドを組んだ。

因みに、俺はヴォーカル。

5人とも音楽が好きで、全員が[音楽で食べていけるようになりたい]それが夢だった。

その一歩目は2年前。

よく練習をさせて貰っていたライブハウスのオーナーに

「今度、何組かバンド集めてライブするんだけど、お前ら出てみないか?」

と言われたのだ。

その時は小躍りしようになる程に嬉しかった。

5人で朝まではしゃいだ。

でもやっぱり、そうそう上手く行くもんじゃない。

ガッチガチに緊張して、コードは間違えるわ歌詞は飛ぶわで、散々だった。

それでも、聴いていてくれたお客さんがいた。

拍手してくれたお客さんもいた。

俺たちは本当に嬉しかった。

それからというもの、月に一回ではあるが、何組かバンドが集まってライブをする時に、俺たちも参加させてもらっていた。

そして、今日。

俺たちの、初めての単独ライブ。

チケットは、完売はしなかったが、キャパの半分以上は埋めることができた。

その中に、彼女はいた。


『どーも、crisisでーす‼︎』

ステージに上がると、全ての目が俺たちに向く。

この緊張感が、たまらなく好きだった。

『これから約一時間半、俺たちの曲を聴いて、俺たちを見てくれる人がこんなにもいるってことが、すっげー嬉しいです』

ヴォーカルの俺が話してる間に、他のメンバーが楽器のセット終わらせていた。

『準備できたみたいなんで…盛り上がって行くぞー‼︎』

それからの時間は、正直ほとんど覚えて無い。

最初から最後まで、全力でやり切った。

そんななか、唯一鮮明に思い出せるのは、ライブが終わった時。

みんなが拍手をしてくれていた。

その景色は、多分一生忘れることはないと思う。

その日の夜、俺は人生で一番気持ち良く眠れた。



三日後。

俺はマイクを買いに、難波の街中に来ていた。

今までは、そんな良いマイクを使っていなかっただが、これを機会に少し良いマイクを買おうとやってきたのだ。

それにしても…。

『種類ありすぎてよくわかんねー…』

マイクだけでも数十種類。

値段も、安いのは1本数千円から、高いのは1本数万円。

んー…。

どうしよ。

彩 「ライブハウスで使うマイクに悩んでるんやったら、この辺がええんちゃう?」

横にいた人が、そう喋りかけてきた。

彩 「そんな高くもないし、手頃やと思うで?」

そう言ってこっちを向いた人は、俺の肩位の身長のメガネをかけた女の人だった。

彩 「ん?どないしたん?」

そう言って小首を傾げる彼女は、全体的に綺麗な顔をしている。

んー…なんか見覚えがある。

どこかで会った事があるかもしれない…?

彩 「おーい?」

『え?あぁ、ごめん…なんか、もしかしてどっかであった事ある?』

そう聞くと、彼女は腕を組み目を細めてこう言ってきた。

彩 「なんや〜?ナンパか?」

『いや、違うって…なんか、見覚えあって』

彩 「あー…まぁええや『あ!』」

分かった!

NMB48の山本彩だ…!

『さや姉!』

彩 「しー!バレたら困るやろ?」

人差し指を立てて、口の前にかざす。

『あ、すいません…』

彩 「まったく…」

すこし呆れたように言う。

『でも、何でさや姉がここに?』

彩 「んー?私はこれ買いに来たんや」

そう言って見せてきたのは、ギターの弦だった。

『あー、そういえばギターやったるんだっけ。テレビで観たことある』

彩 「ほんま?ありがとう」

『でもさ、気をつけた方がいいよ?』

彩 「なにが?」

『さや姉めっちゃ有名なんだから、こんな風に話しかけちゃ。世の中には変な人多いんだから』

そう言ってマイクの方に目を向ける。

さや姉が勧めてくれたマイクを手に取り見ている。

んー、値段も手頃…うん、これいいかも。

彩 「あんたやから話しかけたんに…」

『え?』

彩 「別に誰にでも話しかけるわけちゃうで…」

『じゃあなんで』

彩 「あんたcrisisのヴォーカルやろ?」

『な、なんで…知ってるの?』

彩 「この前の単独ライブ、良かったで」

その言葉を聞いた瞬間、俺に衝撃が走った。

はじめて出会った。

俺たちの事を知ってくれている人に。

それが、凄く嬉しくて、言葉を発せずにいた。

彩 「なに呆ねてるん?」

『あ、いや、初めてだったから。俺たちの事を知ってる人に会うの…』

彩 「そっかぁ…私は結構前から知ってんねんで?」

『まじ?』

彩 「2年位前かな?あんたらが初めてステージ立った時も見たで」

『うわー、まじ…?』

彩 「ギターのチューニングはおうてへんしベースはリズムバラバラやしドラムのスティックは吹っ飛ぶし、あんたも歌詞分かんなくなってたやろ?」

『うぁぁぁ…めっちゃ恥ずかしい』

彩 「でも、なんか心に残ってな…それから、crisisが出るライブは可能な限り行ってん」

『そうなの?』

彩 「うん」

心の底から嬉しさがこみ上げてきた。

『本当に、ありがと』

彩 「いや、好きな物見に行くんは普通やろ?」

『まぁ、な。でも、ありがと』

彩 「んー、なんか面と向かって言われるとむず痒いわ」

『はは、やっぱり、さや姉面白いな』

彩 「これからどうするん?」

『んー?別になんも用ないから、マイク買ったら帰るよ?』

そうゆうと、少しだけ嬉しそうに微笑む。

彩 「なら、公演見に来る?」

『え?』

彩 「これから公演なんやけど、1人位ならどうにかなるしさ?」

『いいの?』

彩 「うん、親戚とか適当な事言っておくし、受付で私から招待されたって言えば入れるようにしとくわ」

『あ、ありがと。楽しみにしてる』

彩 「ん、じゃあ私行くわ。開演の30分前には来てなー」

『うん、分かった』

それから俺は買い物を済ませ、NMB48シアターに向かった。

受付で山本彩から招待されたと告げると

「ご親戚の方ですね、伺っております」

と、すんなり劇場内に入れた。

劇場のステージに立つさや姉は、すっごく綺麗だった。

そして何より、輝いていた。


それから俺たちは、連絡先を交換して、頻繁に連絡を取るようになっていた。

作詞作曲も担当している俺は、色々相談させて貰った。

歌詞にするにあたっての上手な言い回しとか、凄く為になるアドバイスを、いっぱいくれた。

さや姉も、俺に相談をしてくれるようなもなった。

そんな関係を続けていくうちに、俺たちは惹かれあっていった。

俺がさや姉に気持ちを伝えると、さや姉もそれに答えてくれた。

何度かデートもした。

でも、あまり目立てないから、田舎の方に行く事が多かったな。

なかなか会えないから、会えるだけでも良かったんだ。

でも、とあるニュースが飛び込んできた。

高橋みなみ、2015年12月8日を目処に卒業する事を発表。

正直、俺はAKB48グループのファンではないけど、そのニュースなは驚いた。


その二日後。

さや姉に誘われた俺は、2人で遊園地に来ていた。

『さや姉大丈夫なの?』

彩 「ん?何が?」

『ほら、遊園地なんて人がいっぱい居る所でデートなんて…』

彩 「…たまにはええやん‼︎せっかく何やし、楽しまな損やで?」

『うん…そうだな、楽しもう』

それから俺たちは、遊園地を目一杯楽しんだ。

ジェットコースターに乗り、メリーゴーランドに乗り、おばけ屋敷にも入った。

お昼ご飯を食べて、大きな迷路もやった。

でも、ふとした時にする、さや姉の寂しそうな、悲しそうな表情を、俺は見逃さなかった。

彩 「ふー、遊んだー」

『そだねー、全部のアトラクションやったんじゃないかな?』

彩 「うん、あとは大トリだけや」

『大トリ?あぁ、観覧車か』

彩 「やっぱり、最後は観覧車やろー」

『そだね。乗ろっか』

人も少なくなってきた頃、俺とさや姉は観覧車に乗り込んだ。

彩 「わー、観覧車とかめっちゃ久しぶりやねんけど」

『俺もー。何年ぶりかに乗ったわ』

彩 「………」

外に見える景色は、本当に綺麗な物だった。

彩 「あのさ…」

『なに?』

彩 「私たち…別れよ?」

何となく、分かってた…。

今日、さや姉がふと見せるそう表情が、気になってたから………。

そう言われるんじゃないかなって…。

でも…。

『どうして…?』

彩 「……」

『俺は…好きだよ…さや姉の事…』

彩 「私も…好きや…」

『じゃあどうして』

彩 「好きやから…このままじゃあかんねん」

え?

彩 「私はそんなに器用ちゃう…このままバレへんようにとか…もっと堂々としてたいし…」

『………』

彩 「それに、来年たかみなさんが卒業しはる…そうなったら由依が総監督になる…それを私は支えたい…その時に、堂々としてたいから…やっ、ルール破ってたらあかんねん」

『さや姉…』

彩 「…ごめん」

『…謝らないで…分かった…うん、俺は大丈夫』

そう言うと、さや姉の目には涙が溜まっていた。

彩 「そんでな…いつか私が卒業したら『待って』」

彩 「え?」

『その先は、俺に言わせて』

もうちょっとで地上に着く。

その前に、言わなきゃ。

『これから色々な経験して、いつか卒業した時に…今よりずっと綺麗になったさや姉を、胸張って迎えに行くから。俺も、自分の夢を叶えて、立派になっておくから。さや姉は自分の事を一番に考えて、頑張ってね』

笑顔で言えたかな?

さや姉を見ると、涙ぐみながらも、嬉しそうに頷いてくれていた。

こうして俺たちは、別々の道を歩んだ。



数年後。

とあるライブハウス。

『どうも、crisisです!』

そう言うと、割れんばかりの歓声が起こる。

昔とは違い、チケットは発売して数分で完売。

『えーとね、多分みんなびっくりしたんじゃない?俺たちこの前東京ドームでライブやったのに、次はこんな小さなライブハウス?って』

みんなが頷く。

『ここはね、crisisの始まりの場所なんだ。ここではじめてライブやらせて貰ったんだ。はじめての単独ライブの時は、席も半分位しか埋められなかった』

「 「へー」」

『でも、嬉しかったな。何人もの人が、来てくれた。それは東京ドームでも、小さなライブハウスでも同じだった。あ、ちょっと時間貰ってもいいかな?』

「 「いいよー!」」

『……さや姉!ちょっと来てくれる?』

ライブハウスの後ろの方にいたさや姉を呼んだ。

彩 「もー、なに?めっちゃはずいねんけど」

『まぁまぁ』

さや姉がステージに上がると、みんなびっくりした様な顔になる。

そりゃそうだ。

ほんの二カ月前まで、AKB48グループで選抜と呼ばれる位置にいたのだから。

『…俺、やっと言える』

ここまで、めっちゃ時間かかったな。

さや姉が卒業するまでに、俺達が東京ドームでライブ出来なかったから。

少しだけ、待ってもらったんだ。

『さや姉…ちょっと待たせちゃったね』

そう言うと、少しだけ涙ぐんで答える。

彩 「ほんま…おっそいわ、アホ」

『ごめん…でも、どうしてもこの場所で言いたかったんだ…俺たちの出会いも、ここだったんだからさ』

彩 「あんたは気付かんかったけどな」

そう言って笑う。

つられて、俺も笑った。

『俺、さや姉に釣り会える男になれたかな?』

そう聞くと、満面の笑みで答えてくれる。

彩 「百点満点や」

俺とさや姉。

共有出来た時間はまだまだ少ないけど。

これからは、ずっと一緒に居られる。

『さや姉。俺と、付き合ってください』

彩 「ふふ、末長く、よろしゅうな」


探していた幸せは、こんなにも近くにあったけど。

それに辿り着くまでには、凄く遠回りをした。

でも、こんな幸せが待ってるなら。

遠回りも悪くないかな?




story end

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