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□おもいで
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「ごめんね」

母は言った。

「もう少し、一緒にいられたら良かったんだけど…」

お母さん、もう無理みたいなの、と母は辛そうな笑みを浮かべて言った。

母は、かれこれ1年以上、病院のベッドに寝たきりである。

がんだった。

父もがんで亡くなっていて、今から3年ほど前、私が中学入学を控えていたときだった。

「星颯」

「なに、お母さん」

私はいつものように返事をした。

「高校入学、祝ってあげられないと思うから、先におめでとうって言っておくわね」

「まだ合格どころか受験も受けてないけど」

「いいのよ、星颯なら絶対受かるわ」

母は、少し嬉しそうだった。

「だって、私とお父さんの、自慢の娘ですもの」

「……」

「星颯、お願いがあるの」

「なに」

母は真剣な顔をして続けた。

「お母さんが死んだら…家のお金の管理とか、大事なことは全部、星颯に任せたいの」

「なんで?兄さんじゃないの?」

「燐弥には、最年長としていっぱい責任とかがあるの。慶はまだ小さいし…」

母は、それに、と付け加えた。

「3人の中で、一番しっかりしてるのって、星颯なんだもの」

「そうかな」

「そうよ。やっぱり、女の子って強いのね」

母は目を閉じた。

「困ったときは、叔父さんたちに電話するのよ。あなたが高校へ行って、慶が中学へ行って、学費とか、いろいろ必要だから、お金は計画的に使いなさい」

「うん」

「それから、ちゃんと3人で協力して生きていくこと。それから…」

母は言葉を詰まらせた。

「ごめんなさい…本当は、私がもっと長生きして、あなたたちの成長、見届けなきゃなのに…」

「……」

母は静かに涙を流した。

「ごめんね」

母は言った。

「お母さん、大丈夫」

「星颯…」

「私、何とかするから」

「…」

「心配しなくていいよ。兄さんと、慶と、3人で生きてく」

母は黙って私の言葉を聞いていた。

「だから大丈夫だよ」

「…うん」

母は頷いた。

「ちゃんと、家のことがんばる。約束」

「うん、約束ね」

「お母さん」

母は私をじっと見つめた。

私はなんだか泣きそうになった。

一緒に買い物に行ったり、ご飯を食べたり、他愛もない話をすることは、もう二度とないのだ。

「お母さん…」

私は、しっかり伝えなければと、母の目をまっすぐに見て、言った。

「今まで、本当にありがとう」


それから数日後、母は静かに息を引き取った。
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