賢者の石
□1:薬学教授とご対面
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校長室を飛び出したユリは貰ったばかりの綺麗な辞書をしっかりと抱えて走っていた。
呼吸をする時に吸う空気や自分を照らす夕陽、そして今正に身体で切っている風さえもが昨日までの世界とは違うものなのだと実感するのが怖かった。
実際はこの世界で産まれたとダンブルドアは言っていたが、昨日までいたあの慣れ親しんだ世界が夢の中の世界だとは思えなかったし何より認めたくない。
一階まで下りたユリは足を止めた。壁の間から差し込んでくる夕陽を眺め、それから自分が今来た廊下を振り返った。
ホグワーツ特有の、大聖堂のように荘厳な雰囲気の廊下はオレンジ色の光を受けてなんとも言えない神秘的な空間になっている。
(皆、助けられるかな…)
その静かにオレンジの光を讃えた廊下を眺めているとユリの不安はどんどん膨らんでいった。
ダンブルドアは未来を変えるのは難しいことだと言った。
誰かを助けることで別の誰かが犠牲になってしまうかもしれないとも言っていた。
そもそもの出来事を食い止めるのは難しくはないのだろうか…。
(きっと、難しいわね)
それに変えたところでその先が大きく変わってユリの知らない世界になってしまいかねない。
考えれば考える程不安は大きくなって行き、それとともに孤独感も増し責任感が湧き上がって来た。
『…今考えても無駄ね』
まずは英語を覚えなくちゃ、とユリは前を向いて再び歩き出した。
裏門から出て斜面を通り、部屋につながる開き扉に着いた時はもう日は暮れていた。
大丈夫だとは思うが、ユリは一応ハグリッドにばれないようにそおっとドアを開けて中に入った。
出てくる時は気づかなかったが天井付近の壁に炎のランプがあるため真っ暗ではなく薄暗い程度の明るさはある。
長い長い階段を降りて部屋に着き、ユリはドアを開けた。
部屋の中は窓がないので起きた時と同じく煌々と青と白のランプが部屋を照らしていて冷たい雰囲気がしている。
改めて部屋を見回したユリはあることに気がついた。
(ここ、誰かが使ってたみたい。)
よく見るとベッドの横には引っ掻き傷のようなものがあるし、机の上には羊皮紙や羽ペンなどが綺麗に揃えられている。
椅子やベッドにしてもそうだ。よく見れば小さな傷や敗れた跡など、確かに誰かが使っていた痕跡があった。
それに最初は本棚だけかと思っていたが暖炉もある。暖炉のある壁以外は殆ど本で埋まっているし、寝ぼけていたために見逃していたのだろう。
ユリはドアをそっと閉め、本棚を一つ一つ確認した。
『人を操る1000の方法、最も苦しい死に方666選……うわぁ、なんか物騒』
最初に手にしたのは明らかに闇の魔術関係の本だったが、普通の呪文の参考書や家事魔法の本もある。
『ん?アニメーガスへの道?…これは使えそうね、』
ユリは役に立ちそうな本を数冊抱え机に積み上げ、椅子に座ったところで思い出した。
『私、英語そこまで理解できないんだった』
何せこっちは生粋の日本人だ。しかも大学では選考していないから高校までの知識しかない。それにここは英国英語圏だ。余計わからないかもしれない。
気を取り直して辞書と羊皮紙を広げ、羽ペンの先にインクをつけた。
まずは1ページ目から、そう思い一心不乱に英語を綴り言葉を発していくユリは夜明けと共に眠りに落ちていった。
部屋に訪れた静寂とびっしりと文字で埋め尽くされた羊皮紙、そして微かに聞こえる寝息が、彼女の努力を物語っていた。
ーーーーーそして寝坊フラグも。
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