あんたのオモチャ
□弄ばれる唇
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目覚めたのは陽が高く昇った頃、俺は空腹で目覚めた。夜つけてくれていた加湿器がコポコポと音を立て蒸気を噴出していて喉の違和感は和らいでいる。昨夜は散々と体を撫で回していた康介は出勤したらしく少し寂しく感じる。
いつまで寝ていても居られないと起き上がり、リビングに行けば康介が朝食を用意してくれたらしくコンビニのサンドイッチがテーブルに置かれており、それをつまみながらテレビでも見ようとリモコンを手に取りテレビの方に目をやるとテレビの脇に携帯電話が充電差しっぱなしで放置されているのが目に入った。
(携帯忘れている)
俺は携帯を手に取り電源をつけてみた。すると、何件か着信履歴が残っている。違う会社名の履歴、恐らく康介が俺に向けての呼び出しではないと分かる。
(会社の取引先かな…)
俺は自分の財布を取り出し康介の名刺を出しては会社の住所を確認する。どうやら此処から近いらしい。地理もなんとなく掴める場所なので届けようとパジャマを脱ぎロングTシャツとGパンに着替えてからジャケットを羽織り、自分の携帯と財布をポケットに入れ外に出た。
最寄りの駅で下車し辺りを見渡す。ビジネス街だけありスーツをきっちり着込む人たちが足早に通行している。カジュアルな服装なのは自分だけと少し浮いた感じがして恥ずかしかったが、早く康介に携帯を渡さなければと自分の携帯で地図を出し会社の位置を確認する。目的地のビルに向かおうとした時、俺の肩を誰かがポンと叩いた。振り返ると見慣れた人物が立っていた。
「オーナー」
「久しぶりだね。元気にしていた?」
グレーのスーツ姿に黒い革靴、きっちりした正装に違和感が漂う三十後半の男性は紛れもなく俺の働いていたバーのオーナーだ。
「はい。オーナーもお元気そうで」
「オーナーって、もう店を畳んだしオーナーじゃないよ」
柔らかく微笑むオーナー顔だけは紳士らしいが下手したら康介より落ち着きのない男だ。軽いおかげで色々と面倒な事を任されたりしたけれど、その分面倒を見てくれた根は良い人だと思う。
「…えっと、神崎さん。スーツ着て何処に行くのですか?」
「ん?あの店を貸す事に決めて手続きしにね。君こそ仕事と家は決まった?」
聞かれたくない事をズバリと聞かれてしまった。店を畳むと聞かされたのは先々月の話。それなのに俺は次の職どころか住む家さえ見つけられずにいる。目を泳がせながらも苦笑しては手を前に組みもじもじさせ俯き口を開く。