バッテリー

□葛藤
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時々豪が何を考えてるか、分からなくなる。俺にやたら秘密事を作ったり。彼女でも出来たかと問いただせば、力強く違うと言われたり。なら何でそんなに、そわそわするんだよ。訳が分からないよ。呆れながら俺はキャッチを続けている。まぁ相手は吉貞だけど。
「なーんや巧君。えらく不機嫌じゃな」
「豪のせいだよ」
夕暮れ。冬の空はあっという間に昼間を暗闇に変える。野球に支障をきたすから、冬は嫌いだ。吉貞にそう言われ、俺はつい本音を言ってしまっていた。
「永倉の?何でじゃ?」
「………俺に隠し事をしてる」
「それが気に食わないって事か?おいおい……。人間誰しも隠し事の一つや二つは持っとるもんやぞ?」
「………違うんだ。豪は、俺に今までずっと、隠し事とかして来なかった。どんな時だって、必ず俺に言って来た。それが無くなったから……」
急に不安になったとか、気に入らないとか。そう言った感情が渦巻いているから、不思議だ。今まではこんな風に思った事何て、無かったのに。最近になってからだ。
「直接よ、永倉に聞いて見たら良いんじゃねーの?」
それが出来て成功してたらお前にいちいち話すかよ。俺はため息をついて、ボールを見つめた。
野球に余計な感情は要らないと言っていたのは、俺だった。なのに今の自分は、余計な感情しか無くて。これじゃ野球が楽しめない。分かってはいるけれど、巻き込まざるを得ないんだ。豪が……。俺がじっとボールを見つめていると、急に吉貞は大声を出した。
「なんだよ急に……」
「あかん。忘れてた。これから塾や。流石に行かんと……。けど姫さん、練習したいもんな。そんなら永倉呼ぼうや。今呼び出したる」
何でこいつはこうも、人の話を聞かないんだよ。俺は何も言ってないのに、吉貞は勝手に電話し出して。豪は来るらしいが……何かな。
「遅くても10分以内だってよ。良かったな」
「何が……」
「まぁ、とにかくちゃんと話せって。頑張れよ、姫さん」
吉貞はそう言いながら自転車に乗っていた。
「お前、その呼び方、止めろ。気持ち悪い」
「えーやないかー」
言いながら走り去る吉貞を、俺は睨み続けた。瑞垣さんがそんな呼び方しなかったら……こうはならなかったのに。からかわれるのは嫌いだ。煩いし迷惑してんだ。
豪を待つ間何をしようか悩んでいたが、結局フォーム調整をしていた。……他にすることが無いだけだ。


「巧」
来たな。俺は豪に呼ばれたので、豪の方へと向かった。豪の息は上がっていて、走って来たと言う事が見て取れる。
「吉が『お前の大切な姫さんを預かった。返して欲しくば今すぐいつもの公園に来い』とか言いよるから、慌てて来たんじゃが……。あいつ、でっかい嘘つきやがって……」
俺に何も無いと分かったからなのか。豪は安堵のため息を零していた。やっぱりこいつは馬鹿だ。俺が絡むとムキになったり、こうやって急いで来たり……。ただのバッテリーにしては怪しい。と良く言われる。別に俺は豪との関係を話しても良いんだけどよ。豪が頑なに拒否するんだ。まだ待てとか、訳が分からない。
「……豪。お前、俺に何か隠し事してないか?」
聞きたい事は、とにかく聞くしか無い。俺は唐突にそう聞いた。豪はうん?と言う感じで、俺を見つめて来た。
「何じゃ急に」
「いやだから、何か隠し事してないかって聞いてんだよ」
「………隠し事と言うか、お前には知られたくないと言うか……」
「そう言うのを、隠し事って言うんだろ。何を知られたくないんだよ、今更」
お前とどれだけの時間を一緒に過ごしたと思ってんだ。お前が俺を知るように、俺だってお前の事を知ってんだ。だったら、今更何を隠すって言うんだよ。
「……豪。まさか俺以外に良い奴が出来たとかじゃ……」
「何でそうなるんじゃ!巧以外に、こんな想いを抱くか!………全く。言ったらサプライズにならんから、言いたく無かったのに」
……サプライズ?俺は更に疑問を抱いた。何かあったかな……。色々考えていると、豪が俺の額をこつんと人差し指で突っついて来た。
「お前の誕生日、近いじゃろ。そのプレゼントを考えてたんじゃ。察しろよな」
「誕生日………」
あぁ、そう言えばもうすぐか。すっかり忘れていた。俺は豪を見つめた。
「お前……」
「何なら喜んでくれるのかな、とか、どれなら怒らないんだろうか、とか。色々考えてたんじゃ。……ったく。お前さんが不安がる事なんか、無いんじゃよ」
俺の頭を撫で回す豪。それは正直嫌だったけど、今は、大人しくしていた。俺の思い過ごしで、豪の折角の機会を無駄にしてしまった。俺は何をやっているんだろうか。
「まぁ、そんなら直接聞くのが一番か。巧、何が欲しい。俺が買える範囲やったら、ええぞ」
別に欲しい物なんかないのに。豪は、いつでも俺に沢山色々なものをくれた。望めばそれを必ずくれた。お前しかそんな事、してくれなかった。俺は顔を上げて、豪を見つめた。
「……欲しいもの、か。なら甲子園が欲しい」
「馬鹿野郎、デカすぎだっての。それに、それは俺達野球部全員で掴み取るものじゃろ」
「……そうだな」
分かっていた返答。だがこうしてその答えを聞くと、安心出来る。だから聞いてみた。
「そうやなくてな。何かこう……服が欲しいとか、なんかないんか?」
「ない」
「キッパリ言うなぁ……。なら、うーん。どうしようか……」
唸る豪を、俺は気にもしないで言葉を続けた。
「何も要らないから。甲子園が、今は無理でも、必ず手に入れるから。だからずっと俺の捕手でいろよ」
「巧……。おう、当たり前じゃろ」
そう言うと豪は、俺の腕を掴み、自分の方に引き寄せていた。ぎゅっと抱き締められるその感覚は久々で、何処か落ち着く。豪ぐらいだな。抱き締められて、こんなに落ち着くのは。だから好きなんだ。安心ばかりくれるお前の事が。
「豪……」
「んー?」
「………寒い」
「あー、じゃな……。なら、帰るか。あっいや、うちに寄って行くか?」
うんと頷く俺。手をつないで帰るか?と聞かれたから、頭を一発叩いた。先程まで夕暮れだった空が、もう闇に包まれていた。俺は空を見て、豪と一緒に歩き出した。












END

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