バッテリー

□喧嘩
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秀吾と喧嘩した。簡単な理由でな。俺からしたら、あんなに怒った秀吾を見たのは、久々やった。だからもっと見たくなったんや。
秀吾と喧嘩した翌日に、海音寺と会う約束をしていた。何か言われんやろな。

「また派手にやったな」
俺の頬や腕に付いた絆創膏を見て、海音寺はそう言っていた。
「あいつ、手加減って言葉知らんみたいや」
「じゃけど、怒らせたのは、お前やろ?」
あぁ。と返すとため息を付く海音寺。悪かったな。俺からでよ。
「一体何を言ったら門脇秀吾を、本気で怒らせられんだよ」
「………」
言いたくは無かった。別に理由はねぇけど。とにかく、言いたくは無かった。そんな俺を見た海音寺は呆れている。……言った方が良さそうか。
「……野球何か、中学野球何かで本気になる奴は馬鹿ばっかりや。て言うたんや」
「お前……」
ぽかんと口を開けている海音寺を見て、俺は笑った。だが、本気では笑えなかった。秀吾に言った台詞が今頃自分の頭の中でリピートされていた。
「……それで門脇はキレたのか?」
「………いや、そんだけでキレんのは姫さんだけや。……今までの野球は全部お遊びやった。下らねぇんだよ、全部」
「……まさか、それを言って」
「ああ、言った。………口が滑ったと言うかな。言う気はなかったんや」
本気で言うたわけやなくて。その場の雰囲気に押されちまったとか、ほんまにそんなもんやった。本心では無かったんや。その結果、秀吾を怒らせた。………あんなにキレた秀吾を見た時、恐怖よりも俺は悲しみと言う感情が迫っていた。何でやろな。今でも分からん。

殴られた後、俺は地面に倒れた。殴られた場所が場所で悪く、人通りが多い場所やった。だから通行人は何?と言う感じで、俺達を見ていた。
『っ……』
『俊……。何で、何でそんな事言うんや………』
俺は決して痛いとか、ふざけんなとかは言わんかった。殴られた拍子に、地面に転がっていた空き瓶に身体が触れ、脆い瓶は割れ、俺の腕を傷付けた。俺はその腕を見て、咄嗟に秀吾の心が今こんなんやないのか?と思っていたんや。
通行人の誰かが通報したのか、俺の前には警官がおった。事情を聞かれ、連れとただ喧嘩しただけだと答え、自分の不注意で転んで身体に傷を負ったと説明して。硝子の破片が身体の中に入ったらまずいからと言われ、救急車を呼ばれた時は、焦ったな。大丈夫やと言っても、聞いてくれんかった。
秀吾はいつの間にか俺の前から、居らんかった。

昨日の出来事を何となしに思い出していたら、名前を呼ばれた。
「そんでお前、これからどうするんや?」
「………さあな」
「さあなって……。ええんか?このままで」
……別に、どうだって良かった。そう言おうとしたら、口が開んかった。くぐもった俺を見て、海音寺はははっと笑っていた。
「良くないって事か。………まぁ、だよな」
何一人で納得してんのや。誰もそんな事は、言うてへんぞ。
「お前等、前よりもよう喧嘩するようになったよな」
「………そうか?」
いや海音寺の発言は、的確やった。確かにそうやな。俺達は姫さんに会う前までは、そんなに喧嘩はしなかった。なのに、たかが一人の人間に会っただけで、よう喧嘩するようになって。何でこうなったか、俺でも分からん。ほんまに、いつの間にか、やった。
「………秀吾がキレやすくなったんやろ」
「……うーん。俺は瑞垣が変わったような気がするけどな」
は、俺が変わった?何ふざけた事を抜かしてんのや。お前に、何が分かるんや。
「……変わってねぇよ」
「………そっか。まぁ、とにかくよ。門脇と仲直りしろや。変な意地張ってたら、何かを見落としたり見失ったりすんぞ」
見落とす、て一体何を……。不思議と俺は、その見落とす何かが、分かってるような気がした。
「今からでもええから。いや、今から行って来い。遅くなってからじゃ、意味がねぇ」
「………ぉぅ」
俺は小さく返事をした。本当は、秀吾になんか会いたくなかった。会ったって、どーせ無言になるだけやし。

海音寺と別れ、俺は秀吾の家に向かうか向かわないか、悩んでいた。何故か知らんが、海音寺はわざわざこっちに来ていた。横手にようでもあったんかな。まぁどうだって良いか。電車賃が浮くなら、それでええ。
休日の午後の町は、煩かった。今の俺には全部が騒音にしか聴こえなくて。そこから離れたくて。とにかく歩いた。


思春期なのか反抗期なのか。分からんかった。苛々した。何で色々俺に、背負わせるんや。
俺はな、自由に生きてえの。他人に縛られたり、何をするか把握されたりは嫌や。自由気ままに、生きたいだけや。だから余計なもんはみんな、切り捨てる。たとえそれが友でも親友と呼べるべき存在でも。それにな、面倒くさい事には、関わりたくないんや。それで思い潰れて。自分を見失ったら、どうしようも出来んやろ。先の事をうんたら考えるのも嫌いや。面倒くさいと言えば面倒くさい。どうだってええと言えば、どうだってええ。なーんかな、やる気も何も起きんのよ。
自然と俺は、煙草に手が行っていて。自分も知らん間に吸っていた。いつから吸い始めたっけ。そんな事すら、覚えてねぇや。吸い出した理由は、多分こんな感情を抱いた時ぐらいやな。……秀吾。俺はただ、今までの俺が嫌になっただけや。お前を嫌いになるとか、ありえへんからな。
ただ謝るだけなのに、何でこんなに言い辛いんや。プライドが邪魔をする?いや、しとらん筈、や。何かもう、全部多分で済ませたいぐらいや。……それとも、謝らなくても、ええんかな。しょーじき言うたら、謝りたくない。俺は本音かもしれんことを、言っただけやし。ほんまにもう、自分が分からん。何がしたいかも、何が言いたいのかも。
「俊……」
誰かが俺の名を呼んだ。特徴ある呼び方やったから、誰が呼んだか直ぐに分かった。
俺の前には、喧嘩した本人が立っていた。
「お前……。人ん家の前で、平気な顔して煙草吸うなよ。何か言われたらどうするんや」
「………あれ、お前ん家?」
我が目を疑ったわ。まさか、秀吾の家の前に居たなんて……。思いもせんかった。
「………あ、のよ。秀吾。そのな……」
「………一先ず、家に入れよ」
言われるがままに、秀吾の家に入った。煙草は消さずに。そんで秀吾の部屋に着いて。秀吾は無言で灰皿を出して来た。
「消す気がないなら、吸っちまえ」
「あ、おう……」
珍しい秀吾の行動に、おどおどしちまってる俺。いつもなら直ぐに消せー。とか煩いのによ。……やっぱ昨日の事か。いやだからと言ってこんな態度は変やな。
「………んでな、俊。昨日は、すまんかった」
「………」
また先に言われてしまった。何でお前はいつもそうなんや。
「お前を殴るなんて、どうかしてた。つか、殴る気は無かったんや。ただ……何に苛ついたか知らんが咄嗟的に……」
「………ふん。何が咄嗟的や。あの後俺、大変やったんやぞ。親はギャーギャーうるせぇわ、秀吾が何をしたとか、適当な理由作るのも」
「うん、知っとるよ。似たような話をこっちでもしてたしな」
………まぁ、だよな。普通はそうなる。
「………俊。一応聞くが、何であんな事を言って来たんや」
そんな事、俺が知る訳ねぇやろ。て言えんか。ああ言ったの、俺やしな。………なんでほんまに、あんな事言ったんやろ。
「………さあな」
海音寺と似たような反応が返って来るかと思ったら、そうは来なくて。秀吾は、分からないなら仕方ないか。と言っていた。
「俊でも分からんような事なら、仕方ないな」
秀吾が秀吾らしくない。いつもなら……。俺が俯いていると、俺の頭に手を置いて撫でて来た。
「………殴ってしまって、ほんまに悪かった。すまん。……まだ顔は、痛むか?」
手が、頭から頬へと移動する。少し痛いぐらいだったが、秀吾がそこに触れたら、その痛みが消えた感覚に陥った。
「………大丈夫や、これぐらい」
「そうか?……それなりに強く殴ってしまったから、心配やった」
まぁ、だよな。久々にお前の本気で怒った姿を、見た訳やしな。殴るのもそりゃ強くなるよな。
「ったく。心配なら殴るなや」
「すまん……」
謝るなら、殴るなって言いたいが、ああ言った俺が悪いんや。だから全ての責任は、俺にある。……まぁ秀吾にそう言っても、無駄やけどな。
無言になる俺達。俺から謝るような事は、しないつもりや。変に謝ったりするなら、初めから言わなければ良かっただけの話や。
「………帰る」
「えっ……」
「話す事は話した。じゃあな」
「俊……」
あぁ、そんな顔するなや、秀吾。
俺は足早に秀吾の家を出た。
もう夕焼けか。早いな。あー……真っ直ぐ帰れんな。こんな気持ちのままじゃ。誰かに八つ当たりしそうや。少し、バッティングセンターに寄ってから帰るか。

くそっ、何なんや、あいつは。










END

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