バッテリー

□心情
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クラスのホームルームで配られたのは、見たくもないもんだった。

『進路希望調査』

はぁ、と俺は深いため息をついた。
「ゆっくりで良いから、決めるんだぞ」
担任がそう言っていたが、決める気はなかった。どーせあれやろ。野球関係の所に行くとか、思われてんやろうな。残念やけど、行かん。中学で野球は終わりや。

単に飽きたと言えば通じる気もするが、大体のやつが深くまで追求しそうやな。……何だってええやないか。俺の好きにやらせろ。俺が何処に行くか、俺が決めるんや。


ホームルームも終わり、皆どうしようかと話していた。
「……」
その光景が、俺には不快やった。苛々した。だから教室から出て、屋上に向かった。普段屋上は立ち入り禁止やけど、俺は屋上の窓が壊れてる事を知っているため、いつも上手く開けて屋上に居た。煙草を吸うためにな。フェンスに寄りかかるとばれてしまうから、なるべく内側に座って。一本取り出しライターで火を付け一息付いた。ゆっくり吐く白い煙は、好きな匂いやった。
あー、今日雨降りそうやな。空を見ながらそんな事を思っていた。ふぅ、と息を出した時、ガラガラと言う音が聞こえた。ビクッとしながら煙草を慌てて消そうとしたが、消す必要もないと思い、また吸った。窓を開けて入って来たのは、秀吾やった。まぁ、こいつなら窓の事を知ってるか。俺が教えたもんな。無言で俺の隣に座って来る秀吾。
「……雨、降りそうじゃな」
何やお前、天気の話なんかしに来たんか?違うとは思うが、そう言いそうになった。だが敢えて言わずに、せやなと言った。
「傘、忘れてしまったわ」
「なら入れてやろうか?」
「ああ、頼むわ。……て、秀吾、お前、こんな話をしに来た訳じゃないやろ?何の用や」
俺がそう言うと、秀吾はじっと俺を見つめて来た。
「お前、野球続けるんやろ?」
それか。いや、秀吾。お前なら分かるやろ。俺がそんなもんに縛られたくないって事ぐらい。
「………さあな」
「さあなって……。高校、どうするんや」
「知らんよ。んな先の事」
明日以外の事は全て、どうだってええやないか。何で人は、先の事。未来の事ばかり考えるんやろな。今だけを考えて生きればええ。そうすれば、ちとは気楽になれんと違うか。
「先の事じゃねぇだろ。もう直ぐな事やって。……なぁ、真剣に考えろよ」
たかが高校で、何で真剣に考えなきゃあかんのや。それは、大学やろ。秀吾。囚われ過ぎや。
「別に……。たかが高校じゃねえか。何処だってええよ」
強いて言うなら、野球部が無い高校がええな。理由?……特にねぇけどよ。
「たかがってお前……」
ほんま変わったよな。そう言われたが聞き流した。
「俊、お前、煙草を吸い始めてから……変わったよな」
「……そんな事ねえよ」
「いや、変わった。俺、お前が何考えてるか大体分かってたけど、最近さっぱり分からなくなった」
………お前に、俺の何が分かるんや。分かった気がしてただけじゃねえのか?お前はいつだって、俺の気持ちを誰よりも理解してる”つもり”でおったよな。
「俊。………何があったんじゃ」
「別に……。何もねえよ」
「嘘じゃ。だったら、煙草何か吸い出さねえじゃろ。それにお前、酒も飲んでるって聞いたし……」
噂ってどっから広がったりするんやろな。恐ろしいわ。
「酒ぐらい、ええやろ」
「良くねえよ」
なら秀吾。何ならええんや。何をしたら、お前は黙る。
「餓鬼は大人しくジュースでも飲んでろってか?あいにく、ジュースじゃスッキリせんのや」
「餓鬼程酒や煙草を吸いたがるって聞いたけどな」
こいつは……。まぁ、確かにその通りじゃな。不思議と餓鬼程、大人の真似をしたがる。真似と言うか、格好良いとか思ってんのやろな。俺はちげぇよ。苛々すっから。誰かを殴りたくなるから、吸ってんだ。酒を飲むのは、飲むとスッキリすんのよ。そんな風に秀吾に言ったら、ふーん、と返って来た。
「何に苛々するんじゃ?」
「………色々じゃ」
そう、本当に色々……。分からんぐらいに、苛つく時がある。理由がある時と無い時の差が激しい。自分でも何であんなに苛つくか分からんぐらいじゃ。
「そっか」
俺の髪の毛をぐしゃぐしゃと撫で回す。その手が何処か優しく感じた。
「何するんじゃ」
「気分?」
「訳分からん」
はははっと笑う秀吾。あぁその顔好きじゃな。唐突に思った事だった。
「………秀吾。お前、高校は野球推薦で、名門校とかに行くんか?」
「多分な。その方が、好きな野球をし放題だしな」
お前らしいな。そう言いかけたが、止めた。何でやろ。声が、出て来んかった。
「……そか」
「だから俊は、高校どうするんじゃ?あ、一緒の所にするか?」
「ばぁか。誰が一日中野球な高校に行くかよ。俺はゆっくりとした高校生活を送りたいの」
本当は、秀吾とずっと居たいけどな。そんな事は、口が裂けても言えんな。だからそう言ってしまった。
「まぁ、だよな。お前が野球ばっかやってたら、うん。何か変や」
「じゃろ」
はははっとまた秀吾が笑う。俺も釣られてふっと笑っていた。
「んじゃ、そろそろ戻るか」
ああ。と言い、吸い終わった煙草を足で踏み付け、火を消した。見つかると面倒だからと、秀吾は吸殻を拾って俺に渡して来た。
「せめて、ゴミ箱に捨てろよな」
「へいへい」
吸殻をたまたま持っていた小さなビニール袋に入れ、それを小さくしてポケットに押し込んだ。
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