QUARTET★NIGHT(小説)

□深層心理5
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うぅっ、どうしよう……。

迷ってしまった。






授業を終えて教授に質問しに行こうとしたら、間違って音楽学部の建物に来てしまったみたい。

普段こっちになんて来ないからなぁ。

20歳になって道に迷うなんて恥ずかしい。

……とりあえず、ここは3階だから1階に降りよう。


そう思い、私は階段の方へ足を向けた。

階段の手すりに手を掛けた瞬間。


楽器の音がする。

ピアノとは違うけど不思議な音色。

どうやらその音は振り返った先にあるドアの奥からのようだ。

私はその音に引かれるようにドアを押した。



そこには……。



「……っ、だれ?」

「あっ、美風さん!」

「……武藤さん」

「名前、覚えてくれたんですか」

「あんなにしつこくされたら誰でも覚えるでしょ。それよりノックも無しに開けないでよ」

「あっ、ごめんなさい」


彼であることにホッとし、私はドアを押し開けて中へ入った。


「さっきの音、何の楽器ですか? とても興味深い音でした」

「シンセだよ」

「シンセ……?」

「正式名所はシンセサイザー。音の波形を電気的に加工して、自由に音を生成することができる楽器だよ」

「は、はぁ」

「……分かってないでしょ」

「はい……」

「簡単に言うと好きな音を作れる楽器ってこと」








「……で、何しに来たわけ? ここ音楽学部のキャンパスだよ」

「あっ、実は教授に質問したい所があったんですけど……。探していたら音楽学部の方まで来てしまって。
普段こっちに来ないから道に迷ってたんです」

「ここから心理学部に戻るなら、すぐそこの階段を下りて右に曲がってまっすぐ進む。ピアノの前を2つ通り過ぎるとホールがあって……」

「う、あっ、ま、待ってください! 一緒に行ってもらえませんか?」

「この部屋、今ボクが予約入れてるんだ。使える時間が限られてるから無理だよ」


で、でもそんな入り組んだ場所じゃ……。

言われただけじゃわからないよ。

ここで美風さんに会えただけでも奇跡なのに。


「何時までですか?」

「あと、1時間」

「なら、待ちます!」

「ここで?」

「はい!」

「……邪魔しないなら良いけど」

「ありがとうございます!」



心の中でガッツポーズ!








「教授の所に行かなくてよかったの?」

「また、出直してきます」

「そう」


部屋の隅で膝を抱えながら美風さんの動きを眺めている私。

目の前でシンセサイザーに向かい合っている美風さん。


「……いい曲ですね。死別からくる悲しみを新たなパートナーと乗り越えようとする…………。そんな風に聞こえます」


私は美風さんが音を紡ぎおえた手を見つめて言った。


「分かるの?」

「はい。なんていう曲ですか?」

「まだないよ」

「え?」

「ボクが作った曲だから。まだまだ調整していかないといけないけど」

「作曲もできるんですね」

「シンガーソングライターを目指してるからね」

「…………あっ、歌って踊れるあれですか!」


私はふと思い出して自信ありげに言ったが。


「……それってアイドルのこと?
シンガーソングライターっていうのは、自分で作った曲を自分で歌う人のことだよ。全然音楽のこと知らないんだね」

「私、今まで絵を描くことに夢中でしたから」

「それでも曲の良し悪しは分かるんだ」

「ずっと絵を描いていると分かって来るんです。人の表情や物にこめた想いが見えてくるんです。
音も同じですよ。紡いだ人の想いが見えてきます」

「へぇ……」


興味深そうにこちらを見ている彼。


「でも、良い事ばかりでもないですよ。誰しも見られたくないものはありますから。
そういったものが見えると私も相手に感情移入してしまって苦しくなるんです」

「あのさ、前から不思議に思ってたんだけど、なんでボクを描こうと思ったわけ? ……何か見えたの?」


美風さんは私の前に座り込むと、私の顔を覗き込んできた。

互いの鼻がぶつかりそうだ。

キレイな瞳と視線がからみ、美風さんの髪が私の頬をかすめる。

ち、近いっ……。


「ひ、秘密! 今はまだ言いません!」


そう言うと私は「だからそ、その、もう少し離れてくださいっ」と回らない舌を無理やり回し、壁に背中を押しつけるように彼と距離をとった。


むしろ見えなかったから貴方に興味を引かれた≠セなんて恥かしくて言えない。

美風さんにこれ以上根掘り葉掘り聞かれても興味を引かれた≠ェ何を指しているか私にもわからないのに……。


「ふーん。まぁ、言えないなら良いけど。……ねぇ」

「はい?」

「この曲、完成したら最初に聞いてくれる?」

「……良いんですか?」

「キミに聴かせれば提出前に変更もきくと思っただけだよ。勘違いしないで」


そう言って美風さんは立ち上がると、シンセサイザーに足を向けた。

そしてまた引き始める。

そんな音に魅了されながら私の意識は次第に途切れていった。








ボクもほんの少しだけど、キミに興味が出てきたかな。







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