アヤカシ恋草紙
□カミノニエ13
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森は暗く、ゆっくりと沈んでいく。神の森から魔の森へ変革しようとしている。
葵はただひたすらに、真っ直ぐ泰牙の元へと急いだ。
以前、泰牙が転化した時よりも性急さは感じられない。
新堂の力かもしれない。
泰牙さえ助けられるのなら、花嫁だろうと、生け贄だろうと、どうなってもいい。
泰牙が好きなのが誰でも、自分が誰のものになろうとも。
生きてさえ、いてくれるのなら。
山道は決して整備されたものではなく、月の光もほとんど届かない。だが葵は、ただ、泰牙の事だけを考えて、急な斜面を急いだ。容赦なく突き出た枝に、腕や足を引っ掻かれた事さえ気がつかなかった。
小さな黄土色の背中を追いかける。七丸と呼ばれていたその獣は、時々葵を気にしながら先へ先へ駆けて行く。
肌を切るような空気に息を吸うのも苦しくなる。
足は次第に重くなり、くらりとして、ついにその場に立ち竦んでしまった。
七丸がきゅるきゅるとか細く鳴いた。どうやら、怯えているらしく、葵の足元にうずくまってしまった。
きっと泰牙はこの先にいる。
「……もういいよ。道案内ありがとう」
そう声をかけると、七丸はきゅるきゅると鳴いて姿を消した。主の元へ帰るのだろう。
その時だった。
木立の向こうで泰牙の唸り声を聞いた気がして、葵は弾かれたように顔を上げた。
「泰牙っ」
まさに、闇雲に。声のした方向へ、葵は突っ込んだ。
葉や枝が顔や体に当たって、葵を行かせまいとするのを振り切って走る。
視界が開けたのは、すぐの事だった。
薮を突っ切った先に、開けた場所が現れる。すぐ先に切り立った崖があってその先には進めない。崖下に大きな洞窟が見えた。入り口に、金色の鏃のようなものが刺さっている。
明らかな人工物だった。間違いない。
無我夢中で洞窟をめがけて駆け出した。
金の楔は結界のような役割を果たしているらしく、傍を通る時ビリビリと肌が焼けるような感覚が走った。
だが、葵はほとんどそれを知覚しなかった。なりふり構わず飛び込んでいく。
頭の中は泰牙の事だけだった。
中は闇だった。
真っ暗で、今自分が来た方を振り返っても何も見えない。
瘴気とはまた違う、恐怖が葵を引き止めようとする。生き物の本能が、ここにいてはいけないと警鐘を鳴らしている。
それでも自分を奮い立たせ、葵は地面を踏みしめた。
目を凝らして暫くすると、目が闇に慣れたのかうっすら辺りが見えるようになってきた。数メートル先に人影をぼんやりと確認した。
「先…生…?」
新堂は手を振り上げている。金の…入り口でも見た楔のようなものが握られている。
鋭利な切っ先がギラギラといやに光った。
新堂の、視線の先……手を振り下ろす先。
銀色の…………
「泰牙ッ!!!」
それを認めた瞬間、葵は叫んでいた。