アヤカシ恋草紙

□カミノニエ14
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「…っう」

目が覚めたとき、葵は泣いていた。
あれは、泰牙の記憶に違いない。

辺りは暗闇だった。
体はふかふかとしたものの上に寝かせられている。

ここは、あの世だったりするのだろうか。

いや…違う。ここは、葵の部屋だ。

葵が体を起こそうとすると、何かに阻まれる。
ぎゅうっと抱き寄せられる感覚を、この温もりを、葵は知っていた。

「あっ……」

胸が詰まって名前を呼ぶ事が出来ない。
変わりに、よく知った、暖かい声が葵を呼んだ。

「葵」
「なっなんで…??もう大丈夫、なの??もう平気……??皆は?山神は??」
「…平気だ。お前は凄いな、葵」

ぎゅうぎゅうとめいっぱい抱き寄せられて、葵は泣いてしまった。

泰牙の心臓の音がする。
止まっていない。

「怪我っしてない??」

ペタペタと泰牙の体を触ってみたが、暗くて見えない。オオカミの姿のときにあった傷のようなものには触れなかった。

「したけど、治った。葵が治してくれたんだ。皆は今眠ってる」
「でも、俺…何もしてない」
「誓ってくれたろ……神子の儀式自体はずっと前に済んでるから、あとは誓いだけだったんだ」

儀式なんて、した覚えがない。葵が考え込んでいると、泰牙が言葉を続けた。

「おにぎり。俺も、うっかりしてたから、あの時は気がつかなかったが」
「あっ……そうか、自分の食べ物……」

鎮守神と契るには、自分の食べ物を分け与えるのだった。
大神…泰牙こそが、鎮守神だった。

「っていうか!鎮守神が泰牙だったんなら、何でもっと早く言ってくれなかったんだよ!俺は泰牙だって分かってたら、神子だろうが花嫁だろうが生け贄だろうが迷わなかったのに!」

あの時、泰牙が聞いて来た時に分かっていれば。迷わず花嫁になると答えていられたのに。

「……そうなのか」
「そうだよ!!俺は、だって、他の誰かだと思ったから…だから……」
「………ふふっ」

泰牙が楽しそうに笑う。
憎たらしくてぽかぽかと泰牙を叩いた。

「笑うなっ何が面白いんだよっ」
「ははっ、だって嬉しいから」
「何がっ」
「…花嫁。俺の花嫁ならなってもいいんだろ」

葵は息をのんだ。そうだ、確かにそういう事だと、自分で大々的に宣言してしまった。

「あっ…えっ、と」
「駄目?」
「だ、駄目じゃないけど」
「俺お前が好きだ」
「だからっ、その好きって本当に、そのっ………泰牙は、あの人が……」

泰牙の好きは本当に、自分と同じ好きなのか、自信がない。
泰牙がずっとあの女の事を大事に思っていた事も知ってしまった。だから尚の事だった。
自分があの女の代わりなのじゃないのかと、不安になる。

言葉に詰まって、泰牙の胸に顔を埋めると、泰牙が葵の体をぎゅっと抱きしめて、そっと唇を耳元に寄せた。

「葵、俺が何もなくてもキスがしたいと思うのは、お前だけだ」
「えっ」

では、あの人の事を救おうとしていたのは。

顔を上げると、泰牙の顔が唇がつきそうな位置にある。思わず逃げようとした葵の体を、ぐいっと泰牙が抑え込む。

「神として、確かに俺は巫女を…あの娘を救ってやりたかった…全ては俺が弱いせいだから」
「泰牙のせいじゃ…」
「いや、俺のせいだ。だから、俺はずっとここを守って来た。それで…いいと思っていた。そうして、いつか一人で死ぬんだと…。でも新堂がやってきて、俺を人の輪の中に入れて、暖かくて…本当に人間を守りたいと思うようになった」

夢で見た泰牙の記憶…泰牙の感情が溢れて来る。胸が一杯になる。

「お前を…初めて見た時…力の強いやつだと思った。守ってやらなきゃ、あの時と同じように死なせてしまうんじゃないかって。でも、一緒にいるうちに、いつの間にかお前が好きになっていた。お前に救われてた。お前に…嫌われたくなくて…本当の事を言いたくなかった。本当の俺を全部知ったら、お前はあの娘のように俺の事を嫌いになると思ったから」

悲しそうに泰牙の瞳が揺れる。

「なるわけ、ないだろ…」
「怖かったんだ。お前が好きだから」
「俺は本当の泰牙を知ってる…見かけの話じゃなくて、泰牙の心を知ってる。新堂先生も…総や智己だって、お前の事、皆…皆大好きだよ」
「…変なやつ」

泰牙が笑った。
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