アヤカシ恋草紙

□カミノニエ12
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日が暮れる前にお暇しようと思っていたが、なんだかんだで結局日が暮れてしまった。
慌てて帰ろうとする葵について御森が玄関まで送りに来てくれた。靴ひもを結んでいると、頭上から声をかけられる。

「ごめん、遅くまで引き止めて。大丈夫?」
「う…ん、多分」

大丈夫じゃないとは言えず、葵は歯切れの悪い返事をした。
辺りはすっかり日が落ちて、田舎特有の夜の暗さが襲って来る。

磨りガラス越しに、青白く外灯の光がついているのが見えた。誰か家の人が帰って来たのだろう、人影も見える。人の気配がこんなにも安心するとは。

「…外灯?」

はた…と葵は引き違い扉にかけている手を下ろした。御森の家は、広い庭が玄関の前に広がっていた。

「御森くん、石灯篭とか…庭にあったっけ」
「ないよ?」
「じゃあ…道路の外灯の光、ここまで届いたりする?」
「……いいや」

ではこの光は。おそるおそる御森の方を振り替える。
御森は何か察したように、こくりと頷いた。

「僕が外を確認するよ」
「危険じゃない?」
「家の中へは入って来れない筈だし」
「…けど」
「平気だよ」

絶対ではないはずだ。現に巫女は家の中に入った。新月で、ただでさえ陽の力が弱まった上に葵が眠ったからだったとは言え、今が安全かどうかは分からない。
ガチャリと鍵を外す音が、いやにこだました。

「! 御森くん、やっぱり」

ほんの少し。御森は数ミリだけ、引き戸を動かしただけだった。

次の瞬間ズズッと音にならない音がして、御森が磨りガラスに引っ張られるかのように体を打ち付けた。

「っう!」
「御森くん!」

僅かしか空いていない筈の隙間から、何者かが御森を引っ張っていた。過重のかかった引き戸の桟がミシミシと音を立てる。
力いっぱい御森を引っ張ってみてもびくともしない。

「…い」
「くそっ!どうしたら…」
「痛い…腕が何かにっ」
「……御森くんっ」

このままでは引き戸が割れてガラスが飛び散ってしまう。いや、それどころではない、得体の知れない何かが御森を手に入れてしまう。その前に御森の腕が体と戸に挟まれて潰れてしまうかもしれない。
考えている暇はなかった。

「俺だろ、お前の目的はっ!」

そう叫んで葵は御森の開けた方とは反対側の引き戸を勢い良く開けた。
それが少し前まで未知の現象に震えていた人間の行動とは思えないだろう。

「…っう!」

眩しくて目を開けていられない。
もの凄い力に引っ張られて、葵は転がるように玄関を飛び出した。

「葵くん!!」

背中で御森の叫び声が聞こえる。
獣の咆哮と混ざりあい、夜の空に響いた。

ハッとして目を開けると、銀の光が葵の周りを包んでいた。
暖かくて、優しい…。

「…泰牙」

銀の毛並みの巨大な狼が、葵を庇うようにして立っている。毛を逆立て、唸り声は対面するそれに向けられていた。
狼が睨みつけている方を見やると、ゆらゆらと実体のない影が蠢いている。

「……あれは?」

金色の目がちらりと葵の方を見る。

「巫女?」

目は影を睨みつけながら、違う、というように微かに首をふる。

「じゃあ…」
(山神…なのか…?)

御森がおろおろと葵を見る。状況が分かっていないのだ。
ひとまず、あの影を御森から遠ざけなければならない。

「…泰牙」

そっと呼びかけて、体を撫でてやると、狼は威嚇を緩めて体を引いた。
狼を避けるように後ずさり、ずるずると影が地面を這うようにして、その場から遠ざかっている。逃げるつもりらしい。

「御森くん!家に入って鍵をかけてじっとしてて!今日はもう絶対出て来ちゃ駄目だ!」
「葵くんは!?そのでっかい犬はなんなんだ?!すごい力を感じるけど…」
「俺は大丈夫、こいつは…味方だから平気…!」

狼が鼻先でグイグイと葵の腹を押す。
葵にも待ってろと言っているつもりらしい。

「やだよ、俺も一緒に行く。連れてって」

狼は、困ったように葵をじっと覗き込む。
こんな風にするのは人のときと同じだな、と葵は密かに笑った。

「連れてかないと付いて行くからな!この前みたいに」

ピクピクと耳が動く。きゅーんと悲しげに鳴いた。狼が観念したように頭を足れて、体を屈める。背に乗れという事だろう。葵は恐る恐る背中にまたがった。

葵の両足が地面から離れた瞬間、狼の四肢が大地を力強く蹴った。
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