アヤカシ恋草紙

□カミノニエ10
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週明け。
早朝、教室に入るなり智己はあからさまに顔をしかめた。じろじろと葵の方を見て、やがて苦笑する。

「……おはよう」
「おっおは、よ」

葵はというと、照れてしまってろくに挨拶も返せなかった。
何故なら、葵は泰牙の膝の上にちょこんと座らさせられているからである。

「喧嘩するのもどうかと思うが……バカップルになられても、見てる方としては困るんだがな」
「や、これは…ば、ばかっぷる!???いっや、っていうか俺は嫌なんだけど!!泰牙がこのまま寝ちゃって」

葵の腹に腕を回しがっちりと抱えながらも、背中に頭をもたげてスヤスヤと心地いい寝息を立てている。
智己が回り込んで寝顔を確認すると、その額に強烈なデコピンをお見舞いした。

「いてっ!」

驚いた泰牙が顔を上げる。腕の力が緩んだ拍子に、葵は逃げ出した。これ以上抱えられていてはクラスの好奇の的になりかねない。

「ん?何だ?」
「なんだじゃねーって…葵が困ってんだろ」
「…そうか」

額を擦りながら、泰牙が席を立つ。寝ぼけているのかどこか上の空だった。

「どこいくんだよ」
「…寝る」

付いて行きかけた葵を、泰牙がポンポンと軽く頭を叩いて制止する。
何と言う事はないのに、それだけで葵は頬が熱くなるのを感じた。あれ以来、まともに俺の顔が見られない。

巫女、山神、ニエ…泰牙と話し合わないと行けない事は山ほどある筈だ。
だが、教室を出て行ってしまう泰牙の背を追いかけられないでいた。

「げほっ!んっんーーー!」

智己が咳払いをする。なんだろうと視線を前に戻すと、若干頬を染めて智己が目をそらした。

「あのなぁ、オアツイのはいいんだけどな…その、見てるこっちのが恥ずかしいってか…」
「えっ?何が?」
「……顔が恋する乙女になってんぞ」
「へっ!?」

慌てて両手で頬を覆う。

「もろバレだし…つか、なんか雰囲気があやしすぎ」
「な、なんにもない、からっ!!!何にも!!」

智己がやれやれと、わざとらしく肩をすくめる。ところが、次に葵の方を見た智己は真剣だった。

「お前は……泰牙と…その…そうなるつもりはあるのか?」
「そ、そうなるつもりって!?」
「ま……真面目な話し、だぞ…。泰牙の力が弱くなった時に、体を、その…本格的に求められたら、お前はどうする?」

ざわざわと急に胸の内が騒ぐ。嫌な予感が冷たい汗になって背中を流れた。

「弱くなったらどうなるの?」
「…死ぬ事もある」
「何も泰牙だけの話しじゃないよ」

ふらりと教室に総が現れる。今日も体調が良くないようで、青い顔をしている。それを悟らせないように、にこりと笑ってとなりの席に腰掛けた。

「智己は陰の性質だけど、瘴気の中では生きていけない。逆に葵ちゃんも、陽の気だけを与えられるのは苦しい筈さ」

確かに、と葵は頷いた。祠で陽の気を吸収し過ぎた時、冗談ではなく死ぬかと思ったのだ。
過ぎたるは猶及ばざるが如し…である。

「山神は詛いそのものに成り果てている。瘴気の塊だ。山神が力をつけて来ているせいで、もっぱら俺の体調は思わしくないんだけど…ま、それは置いておいて…だ。泰牙のあれは呪詛だよ」
「呪詛?誰に呪われるって言うんだよ」

智己が腕組みをする。だが新堂も総と似たような事を言っていた。呪詛をかけられていると。
総が人差し指を立ててちっちと横にふる。

「呪いは俺の専門分野だよ、天野くん」
「……けど、呪われる謂れがねえだろ。あんな神々しいやつ」
「でも、呪いだ。そして泰牙は呪いを払おうとしない」

総が葵の頬をつんつんとつつく。
そして苦笑した。

「こら、そんな顔しない。ごめんね、不安にさせたい訳じゃないんだ。呪には呪いをかけている媒体がある。それを見つけ出して消却するか、封印してしまえばいい。泰牙はそれを分かってて持ってる…葵ちゃんにはそれを見つけ出して欲しいってこと。俺としては、全快した泰牙に山神を葬り去って欲しい。古式ゆかしい伝説に乗っ取ってね」
「伝説?」
「……泰牙の正体はもう知ってるだろう?」
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