アヤカシ恋草紙

□カミノニエ8
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葵と泰牙が玄関をはいると、母親の真美子がすぐに出迎えた。

「こちら、大上泰牙くん。クラスメイト」

葵が後ろに立っている泰牙を振り返る。泰牙はぺこりと頭を下げた。

「あらあら、まあまあ!葵がいつもお世話になって……ずいぶん…ワイルドね」

真美子は泰牙を…というよりは泰牙が両手に抱えている、魚と山菜を見つめて呟いた。魚などは頭を木の棒で突き刺して持っている。
あの後、必要なものを取りに泰牙の住処へ寄って帰って来たのだ。呼ばれる前まで、魚を取っていたらしく、まだ微かに息がある。
泰牙はきょろきょろと物珍しそうに、葵の家の玄関を見回している。家は新築にほぼ近い状態で、この田舎の家には珍しく洋風の佇まいをしていた。それが珍しいのだろう。

「あの…こいつ、一人暮らししてて、休みの間泊めてもいい?」
「いいわよー、でももうちょっと早く言ってよ、晩ご飯の準備もあるんだから」

きょろきょろと辺りを見回していた泰牙が、真美子の方へ向き直る。

「魚を取って来た。泊めてもらうかわり、と言っては何だが」
「あら、これ、岩魚だわ…!良く捕れるポイントを知ってるの?」
「ああ」
「いいわね、新鮮なお魚…!ここだと新鮮なお魚はあんまり売ってないから」
「なら鹿や猪も好きだろうか。必要であれば狩って来る」

泰牙は真剣に聞いているのだが、真美子が葵を見る。
葵は苦笑した。

「泰牙は山育ちだから鹿とか猪とか捕るの慣れてるみたいなんだ」
「そう…それでこの辺りの畑は害獣対策がいらないのね…無理しない範囲でお願いするわ」

真美子は冗談だと思ったようで、そう言って笑った。

「今日のおかずは山菜と川魚の天ぷらにしようかしらね」

真美子が泰牙に尋ねると、泰牙はこくりと頷いた。

「そうと決まれば、それはありがたく頂いておくわね。それから部屋は葵と一緒で構わないかしら」
「世話になる」
「よし、こっち」

パタパタと葵は階段の方へ駆けて行く。
泰牙は魚と山菜を丁寧に真美子に預けてから、葵の後を追った。

「……よかったのか?」

階段を上がりながら、泰牙は手前の葵の背中に尋ねる。

「何が?」
「…家にあげるという事は、俺を、お前の“家”という結界の中に招き入れる事になる。それで、よかったのか?」
「いいよ、俺だって泰牙の……家に入ったし、あれが家かどうか怪しいけど。まず俺の部屋に荷物を置こう。ご飯食べたら風呂な」

どう考えても山に風呂はない。
けれど、泰牙の身なりが汚れているような事はなかった。
泰牙の事だ、川で水浴びでもするに違いない。

階段を上りきると、すぐ右手が葵の部屋だった。ごく普通の茶色の扉を開けようとする腕を泰牙に掴まれる。

「……それで、俺を家に招いた理由は?」
「……新月って、何かあるの?」
「ああ…それか。気にするほどの事じゃない」

葵は黙り込んだ。葵が急に泊って行けと言い出したのは、新堂の話を聞いたからだけではない。

「傍にいたい」

泰牙のシャツを掴む。
あの、にやりと笑った顔が過る。今は恐怖よりも、怒りの方が強かった。
(誰かしらないけど、渡さない。あいつなんかに…)

「……心配しなくても、ちゃんと守る」

それを葵が不安がっていると取ったのだろう。泰牙はそうっと葵を抱き寄せて、とんとんと背中を叩いてあやした。
泰牙の温もりを感じていたのもつかの間、体温はすぐに離れてしまった。

顔をあげると泰牙が部屋の扉をじっと見つめている。

「魔除けだ」
「魔除け?」
「部屋に…」

そう言って泰牙は、するりと隣をすり抜け葵の部屋の扉を開けた。
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