アヤカシ恋草紙

□カミノニエ6
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あの日から、2日経つ。
泰牙は全く葵に話しかけてはこなかった。

元々あまり話すようなタイプではなかったが、以前は良く目が合っていたように思う。
気にかけてくれている。
そんな些細な事が、嬉しかった。

放課後は遅くなっても新堂を待って車で送ってもらっていた。
その度に何か言いたげにしていた総と智己だったが、結局いつも何も言わないままだった。

今日で2日。

泰牙と知り合ってから、あと少しで何も話していない日の方が多くなってしまう。
今日も葵は教室で新堂の帰りを待つため、生徒会の用事でパチパチと資料をホッチキスで留めている智己と一緒に残っていた。

どんよりとした気持ちで智己の作業を見ていると、智己が深くため息をついた。

「まるで生徒会だな…いっそ入るか?」
「いい」
「…葵……泰牙の事だが」
「……悪いけど、その話しないで」
「つったって、お前…その事ばっか考えてんじゃんか」
「ッ…はあ!?俺が!?いつそんな事言ったんだよっ」

ガタッと立ち上がった弾みで椅子が倒れる。
特に気にもしない様子で智己がまたため息をついた。

「総が自分のせいかもって責任感じてる」

そんな会話を2人がしていたのか、と思うと少し恥ずかしくなって葵は俯いた。

「違うよ…総のせいじゃ、ない」
「………あのさ、俺や総も大概変わってると思うけど…泰牙は……ちょっとっていうか、すげーズレてんだよ。だから、普通の感覚でいるとすれ違っちまう」

トントンッとホッチキスで留めた資料を、整える音が教室に響く。

「好きなんだろ」
「なっ…それ誰からっ」
「誰からも聞いてない、カマかけた」

きっぱりとそういいきられ、葵は押し黙る。
夕暮れのオレンジ色の教室は、僅かに青紫の光へ変わろうとしていた。

「…引かない?」
「別に。最初から合うだろうなとは思ってたし…泰牙はお前の事最初っからすげー構ってたし」
「構ってた…?」
「構ってたよ、ちゃんと教室にいた」

葵が頭を抱える。
あれだけ眠りこけてるのは異常だと思っていたが平素から教室にいないのが常ならば、まだマシな方だったに違いない。

「けど、饅頭とか、おにぎりとかそんなのと一緒だよ」

自分でそう言って余計に悲しくなり、しょんぼりと肩を落とす。

「……ま、それについては否定はできないな」
「やっぱり」
「あいつは小学生くらいの子供だと思って接した方がいい」

大真面目にそう言って智己が頷く。
どうやら冗談で言っている訳ではないらしい。

「あいつなりに、思う所があるんだよ。ほら、子供だと思ったら色々納得出来る気がして来るだろ?」
「た、たしかに」

(撫でると嬉しそうにしたり、急に触って来たり…色々ぶっとんでるけど…そうか…子供なら…)

「………子供を好きになる俺って……」
「怒られてしょげてるガキを見てるのは俺としては忍びないので、さっさと仲直りでも何でもしてくれ」
「でも…だって…」

また、最初の所に戻って来てしまった。
再び悲しい気持ちが、喉の所までふつふつと迫り上って来る。

「嫌…だったんだよ、すごく…そりゃ、出会って数日だけど!でも他の人と一緒にいるの見てもやもやして、悲しくてっ……だけどそんな事言っても泰牙にはきっと、なんでって聞かれるに決まってる…」
「…確かに」
「それに、あの時追いかけて来てくれるかなって、ほんのちょっと心のどこかで期待してて……それもなくて、やっぱり泰牙にとっては俺も御森くんも…同じなんだって…それで、よけい、こじれた」

あの時、逃げ出した時に追って来てくれれば、少しは特別なのだと思う事が出来た。
けれども、泰牙は以来声をかける事もしなくなった。
人間だから。泰牙の好きな人間という種族でいるというだけの理由で、守ってもらっていたに違いない。
キスをしたのも、一緒に帰った事も、葵に取っては特別だった事が、泰牙に取っては当たり前の事なのだ。
そう思うと悲しくて、やりきれなかった。

「でも、しょげてるしさ…ほら…そろそろ仲直りとか…?」
「俺が何で避けてるのか、きっと泰牙は分かってない。俺が怒ってるからしょんぼりしてるだけだよ」
「……そ、そうだろうな」

そう、そう言う所が腹立つ一因でもある。
段々と、悲しみが怒りに変わって来た葵はそうだとばかりに机を叩いた。
バンッと木を叩く音と、その下の鉄の足が教室の床を僅かに跳ねる音がこだまする。

「無茶苦茶なんだよ…最初っから!いきなり気がどうの瘴気がどうのって意味分かんないし、神子って言われたって全然なんにも知らないのに……知りたいって言ったら、拒否されて…じゃあ!じゃあ俺はどうしたらいいんだよ…っ」
「お、落ち着け、な?」

慌てて肩に手を置いて宥めようとする智己を睨む。

「智己だって、泰牙が何者か知ってるんだろ!」
「……それは、その」
「何で俺には言えないの?なんで……」

本当は泰牙の正体などどうでもいい。いや、どうでも良くはないのだが、そもそも泰牙が何者でも、葵は既に受け入れようと決めているのだ。知りたいと食い下がるのは、半分以上意地になっているというのが本当の理由だった。
自分が知らなくて御森が知っているかもしれないと思うと、たまらないのだ。
今度はまた悲しくなって来る。じわりと目頭が熱くなって、また俯いた。

「…忙しいな」
「うるさい」

ぐずぐずと鼻をすする葵に智己は苦笑した。

「俺に教えてとは言わないんだな」
「意味ないよ、そんなの…知りたいけど…話してくれる事に意味があるんだ」
「……そっか、うん」
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