アヤカシ恋草紙

□カミノニエ4
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葵は昨日と同じ帰り道を、今日は自力で歩いていた。
そもそも道ではなさそうなので、不安定で足場が悪い所もある。そんな所は全部泰牙が手を取って支えては、進んでいた。

「……この道、よく俺を背負って歩けたね」
「軽かったから」
「……軽いったって人一人だし」

泰牙はにこっと笑うと、何も言わずに木の根を跨いだ。
同じように跨ごうとする葵の手を取って、助けを出す。

「……だ、大丈夫だよ。これくらい」
「こけたらどうする」

ムッとした様子で泰牙が言う。それがおかしくて、葵が思わずくすりと声を漏らした。

「こけても平気だよ、死ぬ訳じゃあるまいし」
「でも」

言い淀んだ泰牙を尻目に葵はひょいと木の根を超えて見せる。

「あ、あれ昨日も見たね」

葵は祠を指差した。
木製の小さな祠はよく見れば苔むしていて、かなり年季が入っているのがわかる。
葵はあまり気乗りのしない様子の泰牙の腕を引っ張って祠へ近寄る。
そばによるほどに、空気がピンと張り巡らされた糸のようで肌にピリピリと触れた。
瘴気とは違って嫌な気分にはならないが、重々しく、心を圧迫する重厚感がある。

「ここ…すごいな」
「…あまり、長居しない方がいい」
「うん、でも、ちょっとだけ」

葵はそう言って祠を覗き込んだ。
何故かはわからないが、この祠がとても気になった。

「ここは、なんの祠なの?」
「この地の神だよ」
「じゃ先生が言ってた土地の神様かぁ…」

中に小さな棚があり、その上に僅かばかりのお供え物がある。
お饅頭のようだった。
その隣に白い紙を見つけて、葵はそれに手を伸ばした。

「…これ」
「……」

中を見る前についっと泰牙が葵の手から紙を抜き取る。
内容をちらりと見て、ぱたんと紙を閉じてしまった。

「なんか書いてあったけど」
「お願い事だ。時々誰かがお願いをここへしにくる。可哀想だが地神には願いを叶える力はない」
「でも、この土地を浄化してるんだろ?すごい神様なんじゃないの?」

泰牙が目を伏せる。

「地神は山神と違う。奉られて神になるんだ。ヒトが奉り、やっと神技を使う事が出来る。山神の災厄から逃れる為に、この周辺の村々は昔から地の神…鎮守神に頼って来た」
「……よく、分からないけど」

泰牙の表情は暗く沈んでいるようだった。

「……泰牙、何か不安なことでもあるの?」

戸惑いながら、そうっと泰牙の頭を撫でる。大丈夫だよ、と手のひらで伝えるように優しく触れた。

「鎮守神の山神を抑える力が弱くなって来ている。仕方ない事でもあるが…」
「うん…」
「そうなれば…この地に住むものはここを追われるだろう。それが悲しい」
「……」

(綺麗だ…心が……凄く)

ずきりと胸が痛む。
泰牙は他の誰かを想って悲しんでいる。その事がもやもやと気持ちに蓋をした。

(最低かよ……こんなに、泰牙はこんなに純粋に悲しんでるのに…)

醜くてドロドロした気持ちが胸の内から沸き起こる。
その感情には名前がついていた筈だ。

(嫉妬…)

ハッとして葵は泰牙から飛び退った。
驚いた泰牙がきょとんと葵を見る。

「あ!いや、ごめ……」
「……怖がらせてたか…すまない。大丈夫だ、お前の事は守る」

すうっと泰牙が背を向ける。
温もりが遠ざかってギュッと心臓が締め付けられた。

「っ…泰牙」

思わず離れていく泰牙の腕を掴む。その事に葵が一番驚いた。

(なんで…俺……)

泰牙が心配そうに葵を覗き込む。

「葵…顔色が…」
「えっう、わっ」

こつっと泰牙の額が葵の額へくっついた。
バクバクと葵の心臓の音が大きくなる。
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