アヤカシ恋草紙

□カミノニエ3
2ページ/3ページ

午後の体育の授業は高跳びだった。

準備体操を終えて、ちらりと泰牙を見ると、授業に出席してはいるものの気だるそうにあくびをしていた。

昨日のあの感じなら、運動はかなりできそうだ。

「おい、葵お前180跳べたか?」

記録をつけているらしい智己が声をかけてきた。
バインダーに挟んだ名簿を手にしている。

「二回失敗したよ、もう俺は終わり」
「ったく、なら報告しろ」
「ごめーん」

ちらりと覗き込むと、泰牙の欄には何も書き込まれていなかった。

「泰牙は跳ばないの?」
「泰牙?ああ、あいつはシード枠」
「シード枠?」
「このクラスそこそこ身体能力高いけど、あいつは一番飛べるよ」
「俺も俺も!俺も結構跳べるよ〜!」

総が会話に割り込んできた。

「お前はズルしてるじゃねーか」
「てへっけど、自分の力で2メートルは跳べるんだって…ま、泰牙と比べたら霞んじゃうけど」
「そんなに凄いの」
「大体の事やらせたら、新記録」
「ええっ」

智己がはあっとため息をついた。

「でも、あいつルール覚えないし無視するから、公式記録にはいつものらねーんだよな」
「まあ、ルール通りったらとっくに神童扱いで大騒ぎだけどね」
「ルール?」
「まあみてな」

ちょうど、泰牙の番だった。
2m50pにバーがセットされて、体育教師が半ば諦め顔で泰牙を呼んだ。
泰牙は殆んど助走もつけず、ひょいと軽くバーを越えていく。

「大上ーーーっ!だからなんでお前は両足で踏み切るんだ!!」
「跳べと言われたから」

マットに沈んだ体を起こしながら、泰牙が悪びれる様子もなく答える。

「ルールを守らないと公式戦には出れないし公式記録にも残らないんだぞ!!」
「……それで構わないが」
「良くなアアアい!!」

泰牙が髪をくしゃくしゃっとかいた。どうしたらいいのか、考えているらしい。
体育教師は引きそうもない。
困りきった様子でチラリと葵達の方へ視線を投げた。

「泰牙ー!智己が記録報告しに来いってさ!」

そう助け船を出すと、泰牙がパッと顔を明るくした。

「今行く!」
「あ、まて、大上!」

一応止めようとはしたものの、体育教師はそれ以上はなにも言わず泰牙の背中を見送った。

「まーこのやり取りも、もうなん十回目だから」

小声でそう言って総が笑う。

こちらに逃げて来た泰牙が、葵の肩をぽんっと叩いた。

「助かった」
「いいよ、これくらい……昨日して貰ったことに比べれば」
「おやおやー?なんだい昨日って?」

からかうように総がニヤリと唇を吊り上げる。
慌てて葵が頭を振った。

「な、なんでも!ない!!」
「…ほーう、明らかに親しくなってんだけど?」
「そ、そんなことない!ぜんぜん!なっ?」

泰牙に同意を求めると、泰牙はしょんぼりと肩を落とした。

「……そうなのか、俺としては少し親しくなったつもりだったのだが」
「ああーー!ごめん違うくて!!ややこしいなっ」
「やっぱり何かあったんだあ?」
「なにもないってば!」

バシッと音がして、智己がバインダーで総の頭を叩いていた。
ムッとした顔で総が殴られた所をさすりながら智己を非難する。

「ってぇ…酷いな智己」
「……困ってんだろ、ったく…」
「はいはい、でもさ、ほんとなんかあったんでしょ?ま、泰牙はいつも通りだけど、葵はバレバレ」

にっと笑って総がむにむにと葵の頬をつまむ。

「うにゅっなにするんらっ」
「なんにせよ、2人が仲良くなってくれて嬉しいよ」

智己が頷く。

「泰牙の何を見ても誤解しないでやって欲しい」
「何を見ても…って」

(例えば…泰牙の正体を…ってこと………?)

泰牙の方を見ると、泰牙は少し眉を下げて、寂しげに笑った。

「……泰牙…」

言いかけた言葉を飲む。
まだ、聞ける勇気がなかった。
薄々感じてはいるものの、やはり、真実を知るには覚悟がいる。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ