アヤカシ恋草紙

□カミノニエ2
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葵はゆらゆらと、泰牙におぶられていた。地面がいつもより遠い。

「…さっきの事、その、じ、人工呼吸みたいなものって事にしておいていい?」
「うん?よくわからないが、したいようにしておけばいい」
「そ、それとその後の事も皆にはなるべく内緒で」

泰牙が頷く。

「あ、ありがとう……色々ごめん」

足に力が入らなくて、結局泰牙に送ってもらう事になった。
同じ男ではあるが、泰牙の背中は葵に比べて遥かにたくましく力強い。
山道を通った方が早いというので、整備された道ではなく山路を歩いていた。
泰牙は葵を背負っている事も、でこぼこの不安定な足場もものともせず、木々の間をひょいひょいと通り抜けて行く。
慣れた様子に葵は感心してしまった。

「ワイルドすぎる…かっこいい…」
「何か言ったか」
「う、ううん!こ、この道は初めて来た……なんか、空気が澄んでる気がする」

うっかり思っていたことを口に出してしまった。
気恥ずかしさを誤魔化そうと、葵は無理に話題を作った。
だが、キラキラと木々の隙間から零れる陽の光さえ、いつもとは違って見えるのは本当だ。

「なんでだろ…し、視点が高いから新鮮なのかな!」
「…」

泰牙は元来無口なようで、話題が上手く続かない。焦って別の話題を作っては空回りしてしまう。

「あれ……あれ何?」

葵は木立の間に祠のようなものを見つけて指を指した。
高さは胸の辺りまでしかなく、苔むした様子から相当古いものであることが分かる。
お花や供えものがまばらに置いてあった。

だが泰牙は何も言わず、その場を通り過ぎた。

「…泰牙?」
「……ただの祠だ。特別気にするような場所じゃない」
「そうなの?でも、すごく神々しかったけど…な、なんかの神様とかかな?ほら、ここ古い土地だし、そういうのいっぱいありそうだなって」

都会には見られない景色だ。
悪い感じは受けなかった。それどころかとても神聖な場所のように思える。

「…お前、少しおかしいぞ」
「えっ」
「無理に話しているんじゃないか?」

泰牙が訝しげに尋ねる。
さっきの事が過ぎって普通にする事が難しい。葵はため息をついた。

「……あの迷惑だよな、ごめん」
「迷惑?」
「怒ってるのかと思って」
「怒ってない。助けると約束した」

あんな痴態を見られて気まずい事もあるが、助けてもらったのは事実で、今も一緒に帰ってくれている。
何かお礼がしたいが、何が喜んでくれるのかは分からない。

「どうして、助けてくれるんだ?」
「妙なことを聞くな」
「だって、まだ出会って数日だろ、それなのに」

思い出すだけで手が震えるほど、黒い障気は恐ろしかった。それほど、邪悪なのだと肌で感じた。だが、泰牙は迷わず助けに入ったのだ。きっと泰牙も危険だった筈だ。
泰牙が考え込む。

「好きだから…かな」
「えっ」

思わず、どきりと心臓が跳ねる。

「ヒトが」
「な、なんだ」
「弱くて、優しくて、強いから」
「…なんだよ、無茶苦茶じゃん」

矛盾している。葵が指摘すると、泰牙はふふっと笑ったようだった。

「放っておけない。無茶苦茶で…ヒトは危なっかしい」
「ヒト……泰牙は、その」

葵は言葉を言いかけて、それを飲み込んだ。
代わりに別の話題を探した。

「泰牙は俺と同じ陽の気って事なのか?」

今朝の智己の説明を必死に思い出す。
陰と陽2つの種類があって、それぞれ妖力、神力と読んでいた。
泰牙が頷いた。

「……今は、そうだ」
「今は?変わることがあるの?」

沈黙が降りる。何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。
不安になって声をかけようとした時、泰牙はが口を開いた。

「様々な影響を受けて…力が強くなったり弱くなったりする事はある。が…普通は質そのものは変わらない」
「普通は?」
「…俺は特殊なんだ。誓いを破ればたちまち魔に転じる。ただその時は殺してくれるようにと新堂と約束しているから」
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