アヤカシ恋草紙

□弐
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にわかには信じ難い。
教室の自分の席に座りながら、葵はホッと息をついた。
ざわざわと半数くらいの生徒はもう集まっている。六田はいないようだ。
今朝、葵は珍しく目覚ましよりも先に目を覚ました。
どうにも昨日の事が気になって眠れなかったのだ。

狭間の土地。特異体質。人ならざるもの。

色んなことが一度にありすぎて、現実味がない。

体が怠くて重い。
疲れが出たのかもしれなかった。

机に突っ伏している葵の上に影が落ちる。

「おい」

見上げると、智己がむすっとした様子で葵を見下ろしていた。

「あ、智己おはよう」
「お前、弱ってんのか?」
「え?ちょっと体調が悪いかもってだけだけど、別に…」
「今日は早退した方がいいかもな」

別に熱もなければ、吐き気も、痛みもない。
流石に大袈裟だ。
葵は笑って首を横に振った。

「いや、平気だよ。泰牙と総は?」
「総はサボりだろ……泰牙は…」

ほら、と智己が言う方へ向こうとして、首筋にふわりと生暖かい息が触れた。

「匂いが濃くなってる」
「うわっ?!」

ふんふんといつの間にか隣にいた泰牙が、葵の首筋に鼻を近付けて匂いをかいでいる。
葵は慌てて飛びずさった。

「なっなに!なに?!」
「すまない、驚かせたか?」
「いやそういうことじゃなくて」

泰牙は首を傾げる。駄目だ。
通じない。葵は早々に諦める事にした。

「もういいよ……それでその、匂いって?」
「ああ、強い神気だ。お前は神子筋なのかもしれないな」

葵がぽかんとしていると、智己が椅子を引いて座り、丁寧に図を書きながら説明を始めた。意外と世話焼きなのかもしれない。

「万物には陰と陽がある。どちらが悪いということじゃないが、基本的にはここにいるやつは陰。つまり妖力が強い。逆にお前は陽。神力なんだよ、分かるか?」
「し…しんりき…」

聞き覚えのない言葉ばかりを並べたてられ、ぽかんと葵が智己を見返す。
泰牙は説明が面倒らしく、二人を眺めて成り行きを見守っている。

「簡単に言えば、プラスとマイナスだ。お前はプラス」
「……わかんないけど分かった」

がっくりと葵が項垂れる。

「プラスだとどうなるんだ?」

恐る恐る聞くと、智己は黙り込んでしまった。
うーんと唸りながら腕を組む。
視線の行き場をなくして、葵が泰牙を見ると
泰牙はどうでもいいというように、呑気に欠伸をしていた。
智己がため息をつく。

「神力が強い人間は魔の類には格好の標的になる。食えば力になるんだ。逆に神力を持って魔を浄化することも出来る…だが、それは何年も先の話になるな。つまり今の所、お前は自分の身を守る術がない」

葵は頭がくらくらした。つまり自分は肉食獣の檻の中に入ったウサギ同然なんじゃないのか。
不安がせり上がり、潰れてしまいそうになる。
そっと泰牙の手が葵の頬に伸びた。優しい手だった。

「な、なに…」
「助けが必要な時は、呼んで。必ず行くから」

突然の事に葵が固まっていると智己が泰牙を引き離す。

「おい、困らせてどうする」
「困る事があるのか?」

はーとため息をついて智己が葵の方へ向き直った。

「こういうやつなんだ。驚くだろうが我慢してくれ…」
「いーな俺もまぜてよ」

ふらりと総が現れる。にこにこと笑顔を浮かべているが、どことなく元気がなく、やつれているように見えた。

「……総、お前」

何か言いたげな智己を見て、総はにやりと唇の端を釣り上げた。

「お、心配してくれんの?やっさし〜!」
「誰が心配なんて!」
「もー、智己はすーぐ突っかかる。さっきまであんなに親切だったのにねぇ」

意味ありげに葵に向かって総がウインクを飛ばした。その茶目っ気に、心が少し軽くなる。
総なりの気遣いなのだろう。

「てめぇ、また盗み聞きしてやがったな」
「怒んない怒んない、血圧上がるよ?」

そのまま、二人がぎゃあぎゃあと口喧嘩を始める。
本当は仲がいいのかもしれない。

「それで、葵くん…本当に…何かあったら、頼ってくれたらいいんだよ。むしろその方が嬉しいからさ」

総は暖かな笑顔を葵に向ける。

「ま……黙って倒れられるよりは、何倍もマシか」

智己がそう言うと、泰牙が頷いた。
変わっているが皆根はいい人のようだ。不安だが、なんとかやって行ける気がした。
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