アヤカシ恋草紙
□壱
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葵は長い廊下をとぼとぼと歩いていた。今時珍しい木造の校舎は意外と綺麗に整備されていた。目の前には田舎には不釣り合いなほどスマートにスーツを着こなした担任の新堂がいて、教室まで先導してくれている。
父親の仕事の関係で、転校には慣れっこになっていた。
それにしてもこの学校は、今まで見てきた学校とは何処か雰囲気が違った。
木造故のレトロな感じは受けるが、どうもそういうことではない。
どこが違うのかは葵には分からなかった。
嫌な予感のようなものがざわざわと葵の胸の内を騒がしていたが、葵は転校初日のせいで緊張しているのかと解釈した。
数歩先の扉の前で、ピタリと新堂が止まる。教室はここらしい。
「葵、うちはちょっと変わった事が多くて驚く事もあるだろうが、じき慣れるからあまり気にするなよ」
意味を測りかねて、葵は眉をしかめた。
不良が多いのだろうか。
それとも田舎独特のルールがあったりするのだろうか。
ガラリと半ば無理やりドアをスライドさせ、新堂が教室に入る。ガタが来ているのか、引っかかって空かない扉を新堂は無理矢理スライドさせた。
「今日は転校生を紹介する。お前ら、驚かすなよ」
担任がこちらを見る。入れという合図だろう。
葵はそろりと、教室に入った。
こっそりと首は動かさず目だけで中を見渡す。田舎なので一クラスの生徒が少ないということを除いて、特に変わったところはない。
内心ホッとして、壇上に上がった。
「東京から来ました、よろしくお願いします」
当たり障りない挨拶をしてぺこりと頭を下げる。
パチパチパチとまばらに歓迎の拍手が鳴った。
「席…は…あそこ座っとけ」
けっこうポツポツ空いていたが一番後ろの窓際から2番目の席を勧められた。
隣の窓際の席の少年は机に突っ伏して眠っているようだ。
もう片方の隣は空席で誰もいない。
一つ前の席の少年と目が合ったがあまり歓迎されていないようで、葵は慌てて目をそらした。
普通、男女が交互になっていたり列になっていたりしないだろうか。
葵の疑問を察したように新堂が笑った。
「いやあ、こいつら不都合も多くてな、各々で選んだ席なんだ。何ならお前も自分で選ぶか?他に空いてるのはそこと…あっちと」
「…最初のとこでいいです」
「よし。おい、泰牙、今日一日教科書見せてやれ」
一番後ろの席に座っている泰牙と呼ばれた生徒がようやく顔をあげてこちらを見る。
ただ、葵の事見る訳ではなく、あくまで新堂と視線を合わせただけだった。
「……教科書?」
「そうだ、そこの席の隣は今、お前しか居ないだろ」
とんっと新堂に背中を押されて、葵はそろそろと指定された席へ進む。
「よ…よろしく」
葵がとりあえず、といったように挨拶をすると、ほんの微かに泰牙の表情が緩んだ気がした。
「…ああ」
しかしそれもほんの一瞬の事で、泰牙は大きなあくびをするとまた机の上に突っ伏してしまった。
葵が椅子を引く。
「あ…れ??」
椅子の上に一瞬何か獣のようなものが乗っているような気がした。
驚いて目を擦ると、それはもうどこにもいない。
葵は見間違いか、と結論づけて椅子に座った。
「うわあっ」
異様に生暖かい椅子が気持ち悪くて、葵が飛び上がる。直前まで誰かが座っていたようなそんな温もりだった。
新堂のどうした?という声で我に帰る。
「あ、いえ…」
どうしたものだろう。しばらく思案していると、前の席から声がかけられた。
「座れば。別に平気だから」
えっと葵が顔をあげても、声の主はこちらを向いていない。
今のを見ていたのだろうか。
前の席の少年が、やっとこっちを向いた。もの凄く不機嫌そうだ。
「…座れよ、授業できないだろ」
「あっうん、ごめん」
もう一度座ると、今度は普通の木肌の椅子で温かくもなかった。