アヤカシ恋草紙

□カミノニエ10
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「山神の正体は?」
「…わからない、見た事はあるけど」

あの時、巫女の記憶を通して見た恐ろしいバケモノがおそらくは山神だ。二人がえっと葵を振り返った。

「えっ見た事があるの!?」
「山に入ったのか!!」
「え…いや、なんていうか……夢で」

葵がそう言うと、総と泰牙は顔を見合わせた。

「これはいよいよ本物だ」
「神子…だな。つまりそう言う事か」
「どういう事だよ」

いつもの事ながら話しが見えない。葵が聞くと総がうーんと考え込んでしまった。

「前にミコについて聞かれたよね。それで気になって調べたんだ。この土地ではいつから巫女ではなく神子という字を使うようになったのか…御森くんに聞いてね」
「御森くん…」
「彼の家は代々この土地の長の家だ。古いしきたりも歴史もよく知ってるからね……それで、分かったんだけど。ミコってのはここでは役割が2つある。山神の巫女…生け贄だね。それと、鎮守神の神子。問題は君がどっちのミコになるかだ。山神のニエになって、アレの心を収め再びこの土地の均衡を守るか…鎮守神の神子になって山神を殺すか…」
「こいつの人権は無視かよ」

智己が腕組みをしながらこぼした。

「ああ、ならないって選択肢ももちろんある。だけど、泰牙を手伝いたいでしょ?」
「……うん、でも……神子にはなりたくはない」
「…えっ、なんで?」

驚いた様子の総が、本当に分からないといったようにパチパチと瞬きをする。
智己が眉をしかめた。
しばらく葵の顔を見て、何か納得したように頷く。

「……あ、あ……そうか、あのな、葵。泰牙は…」

智己の言葉は最後まで言い切らず途切れる。一瞬目の前がちかっと光った気がして、次の瞬間智己は額を抑えて机に突っ伏していた。

「なっ何!?」
「ってええ!あいつ高圧の神力飛ばしやがった」

智己が顔を上げる。額は赤くなっていて、わずかに涙ぐんでいた。

「あーあ、大丈夫?」

総が若干唇の端をつり上げながら智己の顔を覗き込む。智己が恨めしそうに総を睨んだ。

「あいつって…泰牙?」
「他に誰がいんだよ…くっそー聞いてたのか地獄耳め…」
「俺何ともないよ」
「お前は陽の性質だろっ!俺は一瞬でも圧縮されて飛ばされたらいてーんだよ!!」

相当痛かった様子で、智己はバタバタと足を鳴らした。
強力な静電気のようなものだろうか。
泰牙の耳の良さは葵の実感済みだが、こんな声まで聞こえているとすれば始めから会話に耳を済ませていたに違いない。

「…でも、なんで」
「口止めかな」
「なんで!?また俺に言えない事なのかよ!」

葵が唇を噛む。泰牙を知るほどに、秘密も謎も深まっていく。ただの一つとして葵には明かそうとはしない。狼だと見破った事も、葵が勝手に確信しただけで泰牙は一度も肯定はしてくれなかった。

「すまん…けど、あいつは何でここまで来てこの件を隠したがるんだ…?」
「確かに何でだろうね?ま、俺は神力当てられても智己みたいにならないから平気だけど…俺の使い魔がやられちゃうから言えなくなっちゃった。ごめんね…筆談も鉛筆の音でバレちゃうし、バレたら後が怖いからな〜っと」

慰めるように、総が葵の背中をさする。
どうしてこんなにも、自分は蚊帳の外なのだろう。泰牙の事少しは理解出来たと思ったのは自分だけだったのか。
悔しい。泰牙が大変な時に、自分は少しも力になれないのが歯がゆい。
ちょいちょいと頬をつつかれ、総の方を見る。総が指先を自分の口元の方へ持っていく。
目が合うと総はにっこりと不適な笑みを浮かべた。

「……」
「え?」
「……」

何と言ったのか聞き取れなかったのではなかった。総は声に出してはいなかった。

(…口ぱく、だ)

総はゆっくりと、もう一度言葉を音もなく紡いだ。

(……おおか…み?)

ぱちぱちと目を瞬かせると、総がまたにっこりと笑った。

「そう言えば、もうすぐテスト週間だね。解けた問題も、もう一度よく考えてみると復習にもなっていいよ。新しい発見があるかもしれないしね」
「はあ?お前、何いきな…ってえ!何で蹴るんだよ!!」
「あーあ智己って空気は読めないんだよなあ…」
「どういう意味だよっ!!」

二人の喧嘩が始まっても、葵はそれどころではなかった。
復習。
もう一度考え直せという事だろうか。
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