主のイロハ

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大学での学生生活が始まった。

いつも一緒にい過ぎて麻痺してたけど、改めて恭一はやっぱり美形という種類の人間だ。

だって、さっきから講義棟ですれ違う女の子達がこちらを…正確には恭一をチラチラ見ている。恭一はそんな視線を全く気にしないでぴったり俺の隣に張り付いていた。

っていうか、髪おりてるとやっぱちょっと幼めになって、いつもの堅苦しさが抜ける分ちょっと調子が狂う。

「敦也さん」
「な、なにっ?」

恭一に呼ばれて、俺はハッと顔を上げる。魅入ってたらしい。

「どうしたんですか、次も授業入れてますよね。私…あ、俺も入れてるんですけど…次の…教室が……」
「…恭一?」

恭一がじっと俺の背後を見ている。ここ最近見なかったような厳しい顔つきだった。
俺が振り返っても別段特に変わった所もない学生がいるだけで、一体何を睨んでいるのかは分からなかった。

「いえ…すみません、なんだか見られている気がして」
「ああ、すげー見られてるよ、主にお前が」

ちょっと嫌味で茶化してやろうと言ったつもりだったが、恭一は真面目に首を振った。

「…そうではなく。屋敷の者かもしくは…」
「こんなとこまで監視しに来るの?!」
「しないという話にはなっていたのですが。むしろ…屋敷のものなら…いいんですけど…」

難しい顔で、恭一が考え込む。

「敦也様、何があっても一人で行動なさらないようにしてください。私が何らかの理由で不在の時、どうしても一人で行動しなければならないときは絶対に人気のない所には行かないでください」
「…どういう事だ?」
「敦也様が東雲家の跡継ぎで面白くないものもいるでしょうから」
「そんなまさか…」
「この際あなた自身がどうというのは問題ではありません。あなたが跡を継ぐ地位にあるという所が問題なのです。それだけで憎まれる事もある」

恭一の言葉に、俺は雷に打たれたみたいに動けなくなった。
敵意を向けられる。
そんな経験、今までになかったから。

誰にでも好かれると思ってる訳ではないけれど、誰かにそんな風に思われると思うと苦しい。

俯く俺を見て、恭一が俺の手を取る。

「敦也様、私の命に替えても必ずお守りいたしますので、心配なさらないでください」
「…お、大袈裟だな」

ぽんぽんと恭一の肩を叩く。

「いらないよ、命は。何かに替えるもんじゃないよ…」
「あなたこそ、他の誰とも替え難い人なのです、敦也様」
「…恭一」

決して冗談で言っている訳ではないのはわかる。いつだって恭一は真剣だ。
どうして、そこまでしてくれるのか、俺には分からない。

「なんで、お前…そこまでしてくれんの…」
「……私は」

一瞬辛そうな表情をして恭一が俯く。次に顔を上げた時にはそれは消えていた。

「あなたの執事です。それ以上の理由がいりますか?」
「執事でいる事が、お前の生き方なのか?」
「そうです」
「だから、俺に仕えてくれる?」
「ええ」
「俺が主だからか?主がたとえばじいちゃんだったら、じいちゃんを命がけで守るのか?」

恭一は決して俺を裏切らない。
それはここ何ヶ月か一緒に暮らして、痛いほど分かった。
俺への忠誠は、本物だ。だけどそれは、俺ではなく主に対する忠誠らしい。
でも、だったら時々恭一は、俺個人に忠誠を誓ってくれていると感じるのは俺の思い違いだろうか。

恭一はなにか、俺に隠している事があるんじゃないだろうか。

「……ええ」
「恭一」

恭一がついっと目をそらす。
その肩をつかんで、俺は問いただした。

「お前俺に言ったんだ。うわ言で、今度は私が…って。今度はってことは、前があるんだろ?」

うわ言でといわれて、恭一がの眉がピクリと動く。

「……ありません」
「それは嘘だ。茉莉に聞いた、俺とお前は会った事があるんだよな?」
「……敦也さん」
「答えろ、恭一」
「敦也さん」

ちらっと恭一が周りに視線を送る。
ハッと気がつくと、俺たちの周りには人だかりが出来ていた。

「敦也さん、今は行きましょう。授業に遅れます」
「……今度、ちゃんと説明してもらうからな」
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