主のイロハ

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春。

俺は大学生になっていた。


大学まで車を出してくれるらしく、俺は玄関で上着を着ていた。

「まだ、信じらんねーんだけど」
「私も合格するとは」

千奈美ちゃんが俺の上着を着せながら、とても素直に失礼なことを言う。
けど誰だってそう思うに違いない。
俺は一ヶ月で大学生を名乗る資格を勝ち取った。そりゃ少なからず家の力ってのは、あるだろうけど。
必死に一年間勉強して頑張って入学した子だっているはずだ。それを思うと忍びない。

「恭一さまの教え方が上手いんですね」
「あ、俺の実力という線は無しなんだ」
「無しですね」
「ま、そりゃそうか」

俺と千奈美ちゃんは顔を見合わせて笑った。

「それで、恭一は?」
「恭一さまは先に大学へ行ってます。車は裏門から入るみたいですよ」
「ふーん。なんで?」
「大学でまで東雲家の跡取り扱いを受けるのを、敦也様は嫌がるだろうっておっしゃってました」
「…そっか」

恭一は徐々に言わなくても俺の望む事を少しずつ先回りするようになっている。
どんどん俺専用にカスタマイズされた執事になっていくと思うと、ちょっとだけ照れた。

「でも、大学でご主人様って言われてつきまとわれたら結局一緒だと思うんだけどな」
「ふふっ大丈夫ですよ」

そう言って千奈美ちゃんが俺の背中を押す。

「さあ、行ってらっしゃいませ!ご主人様!」
「おっなんかメイドっぽい」
「でしょう??言ってみたかったんですよ〜!」

和気あいあいとそんな会話をしながら、俺は屋敷の大層な玄関扉から一歩外へ踏み出す。
屋敷から出られなかった訳じゃないけど、屋敷の外での社会と繋がれるのが中々嬉しい。

日差しは温かく、ぽかぽかと温もりをくれていた。




車を大学の裏門に付けて、こっそり中へ入る。
中庭の廊下を歩いていると、何人かの学生とすれ違った。
おかしくないだろうか。俺は高校からそのまま上がって来た子達とは年齢に開きがあるので、浮いてはないだろうかとちょっとドキマギしながら辺りを見渡す。

恭一がいる筈なんだけど、どこにいるのだろう。実は知り合いが一人もいないというのは結構心細いもので俺はそわそわと落ち着かなかった。
遠くに見える学生の塊の中を凝視していると、後ろから学生に声をかけられた。

「あの」
「すみません今人を捜してるんで、また後にしてください…」

ちらっと見てすぐに恭一を探そうと視線をキョロキョロと泳がせる俺の腕を、その彼は引いた。

「敦也さん、手続きしないと」
「…えっ?」

そう言えば、この子、なんで俺の…

「あれっ恭一」

普通に、普通の学生のような出で立ちの恭一に俺は一瞬呆気にとられていた。
髪もおりているし、格好もきっちりとして入るが、いつものスーツ姿じゃない分ラフに見える。
っていうか、俺の事を敦也さんって呼ばなかったか。

「…変ですか?」
「いや、全然…普通に一般人みたいだ…」

俺がそう言うと、恭一はホッと息をついた。

「すみません、失礼かとも思ったんですけど、いつも通りだと嫌かなって思ったので」
「お前、口調……」
「あ、ええと…いつも通りの方がよろしいですか、敦也様?」
「いやいい!!さっきのがいい!!!っていうかいつもさっきの方が俺は良いんだけど」

ですます調は崩さないまでも、明らかにいつもより砕けている事が、俺は無償に嬉しかった。恭一と距離が縮まったみたいに感じる。さん付けがくすぐったい。

「…東雲家の跡取りだという事は、隠しておいた方が良いですよね。あ、わた……俺も1年休学してたので結局一年生から授業取り直すので、敦也さんの取りたい授業に会わせますよ。授業のシラバスを受け取りにいきましょう。受付まだですよね?」

流れるように、何でもないようにサラサラと話す恭一だったが、俺はとてもじゃないが追い付かない。

「えっ待って、一個ずついい?」
「はい」
「お前も、ここの学生なの??」
「はい。入学してすぐ、敦也さんの執事になるよう言いつかったので殆ど授業出てませんから留年しましたが」

つまり、じゃあ、俺と恭一は。

「…つまり、ここじゃ、お前は執事じゃなくて普通に学生なんだな?」
「無礼な事は承知しておりますが、御学友という形を取るのが一番自然かと思いまして」
「口調戻ってる戻ってる!へへっでも、そっか…!!」

嬉しい。
俺は嬉しさのあまり、恭一に抱きついた。

「…っ!!敦也さん」
「今は対等なんだな!友達でいいんだな!俺嬉しいよ、恭一」
「対等のフリをしてるだけでっ本当にそうな訳じゃ…うわっ」

くっしゃくしゃになるまで頭を撫で回す。

「よろしく、恭一」

俄然、大学が楽しみになって、俺は満面の笑みで恭一を見る。
恭一も俺に釣られて笑みをこぼした。

「はい、敦也さん」
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