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□ルージュに恋して
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12月の芯から冷えるような日、凜はクラスメイトである丸井に放課後頼み事があると呼ばれ、テニス部の部室前まで来ていた。

『部室前まで来たはいいけど丸井どころか誰もいない……勝手に部室に入っても平気なのかな』

ドアの前で1人押し悩んでいるのもはばかられるので試しにドアをノックして見ることにした。誰もいなければ丸井のからかいか何かだろうしそのときは帰ろう。軽くドアをリズミカルに叩いた。

『まーるーいーくーん!あーそびーましょ!』

どうせ中にはレギュラーしかいないだろうし少しふざけた調子で声をかけた。すると中からガタガタッと何かが暴れるような音が聞こえた。

「そっ、その声は丹波だな!?今は絶対に入ってくるんじゃない!」

尋常ではない焦りを感じる声の主はきっと真田だろう。あの武人のような落ち着き払った男があんなに焦った声を上げるなんてきっとただ事ではない、何かとてつもなく大変なことが起きているに違いない、そう思った凜は真田の忠告を無視してドアを勢いよく開けた。

『真田!何かあったの!?』

目の前の光景に凜は言葉を失った。確かにそこには大変なことが起きていた。ものすごくエマージェンシーだ。

『さっ、真田!?なにその格好!?』

そこには椅子に縛り付けられた哀れな兎がいた。哀れなにもバニーガールの衣装を着せられた真田はかごめかごめのように他レギュラーに囲まれて逃げようにも逃げられないでいた。ようやく凜がバニーな真田に対する衝撃を慣れてくると柳生が一昔前のかぼちゃパンツに白タイツの王子様風な格好で立ちつくしているのにも気が付いた。

『……あー……丸井?用事がこの2人に関係ないものだとすっごく嬉しいんだけど?』
「悪い凜、この2人にすっごく関係ある」

凜は膝から崩れ落ちた。捕らわれ兎はパイプ椅子に縛り付けられ相変わらず機嫌悪そうにぶすくれていて、柳生は全てを諦めて悟りを開いているようにも見えた。

『なんでよりによって真田がバニーガールなのよ他に適役いたでしょうに。幸村とか丸井もいるしそれこそ仁王のあの原理のよくわからないイリュージョン?とかさぁ……!王子様も妙にクラシカルだしツッコミどころしかないよ!』
「役を決めるとき衣装が微妙な王子と明らかゲテモノになるバニーガールなんて誰もやりたがらなかったんスよ」
「それでちょうどその役決めのとき風紀委員の会議でいなかった真田と柳生の2人になったんだ。それに真田がバニーガールやればこの中で一番面白いだろう?」
『あんたたち鬼か』

選出理由が思いのほか酷く凜は苦笑いするしかなかった。どうやら今日はテニス部の部員一同でひと足早いクリスマスパーティーをするようでそのパーティー内でコントをやるらしい。それでもっとコントを面白くするためにエスカレートしていったのかこんな惨状になっていたようだ。柳生はいつの間にか一昔前の王子様ルックを受け入れたようですました顔で部室内のパイプ椅子に座っていた。

『……で、用事は?』
「あっ!わりぃ忘れてたぜ。真田にそれっぽくメイクしてやってくれねぇかな」
『メイク?』
「もう面倒くせえしそこらへんの絵の具でも塗っちまおうぜって案もあったんだけどよ、なぜか真田じゃなくて比呂士の方が嫌がるから」

「当たり前でしょうコントの都合上真田君に口付けされるのはどうせ私なのですから人体に無害なものを使用してください」

珍しく紳士がふてくされた態度でメイク用品を指差した。バニーガールと王子様が出てきてしまいにはキスをする、ストーリーが全く想像出来なくて正直そのコントはかなり見たい。

『だから女の私が呼ばれたわけね』
「一応女だからメイクくらいできるだろぃ?」
『一応って何よ一応って!』

丸井の顎を高速でたぷたぷしているとそばに柳が近寄ってきた。

「出来るだけ気色悪く頼む」

柳がくすくすと笑いながら凜の肩に手を乗せた。コントを見たらこの滅多に感情を乱さない柳も爆笑したりするのだろうか?

『しかも出来るだけ可愛くじゃないんだ?』
「弦一郎がどうやっても可愛くならないのは目に見えているしそれならいっそ気色悪くした方が観客ウケもいいだろう?」
『まあ、一理ある』

レギュラーたちは他にも準備があったのか、部室に真田と凜を残して去っていった。

「……どうしても俺に化粧をするというのか!」

真田は幸村たちが演劇部から借りてきたメイク道具一式を睨みつけ唸っていたがバニーガールの衣装ではそれすらも面白い。

『した方が面白いでしょって幸村も言ってたしね』
「そもそもお前は化粧が出来るのか?」
『出来るよ、友達がしてるのも見たことあるし休みの日に出かけるときには自分でもするよ』
「中学生で化粧とは早すぎやしないか?それに化粧なぞしなくともお前は充分に綺麗だろう」

絶対にそんなつもりで言ったのではないとわかっていても真田が不意に言った言葉に凜は思わず照れてしまう。照れを隠すように容器から下地用のクリームを手に取る。

『……目に入るといけないし目を瞑ってて』
「ぬおぉ……ええいままよ!ひとおもいにやれ!」

凜は下地用のクリームを真田の顔に塗ったくった。この空間に2人きりの状態で縛られたまま抵抗できない真田に悪戯をしているような気持ちになり、凜はいつもより少しだけわくわくして心拍数が上がっていた。お互い何も言葉を交わさずにただ黙々とやるべきことやられるべきことをこなしていた。

『あとは……口紅かぁ』
「ぬぅ……!まだ終わらんのか!」
『これだけガッツリ化粧するのはこれくらい時間がかかるものなんだよ』
「確か厚く塗れ、と言われたな。俺が最後の場面で柳生に口付けるのが落ちらしくそれは……もう……決定しているらしい……」
『オッケー、遠くからでも見えるように濃く塗ってあげるよ』

凜はくすくす笑いながら燃える血のような1番赤い口紅を手に取って丁寧に塗り始めた。男らしさの塊のような真田に女らしさの象徴とも言える口紅を塗っている行為がひどく背徳的に感じられた。大人しく黙って口紅を受け入れている真田を見つめるとなぜだか顔に熱が集中した。もし……もしこのまま口付けてしまったら彼は目を瞑ったままと言えど気付くのだろうか?






『終わったよ』

凜が部室から出てきてドア近くにいたジャッカルに一言かけるとすぐさま皆集まった。よっぽど化粧された真田が見たかったのだろう。

「……」

真田は黙って赤也を始めとした爆笑の渦に耐えていた。しかし真田は怒るわけでもなく時折唇に手をやり、えも知れぬ違和感の正体を探っていた。それは厚く塗られた口紅なのかはたまた違う感触なのか。

「ありがとう凜!これで後輩たちにウケること間違いなしだぜ!」
「ファーストキスが真田だとしたら俺でも泣くぜよ」
「でも柳生先輩も真田副部長もファーストキスが男ってなんかヒサンっスね」

真田だけ"ヒサン"ではないことを彼らは知らないしもちろん真田本人もきっとこの先ずっと知ることはない。

「丹波大丈夫か?顔が赤いが熱でもあるのか?」
『ううん大丈夫何でもない……何でもないよ』

柳が凜に心配そうな声で体調を気遣ったが凜は柳の心配もよそに脳裏に化粧の香りを思い出してまた赤面した。しばらく赤い口紅はまともに見れそうになかった。
 

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