* 金木犀 *

□第7章
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藤本かづき……
梟谷学園の生徒で1年くらい前に事故にあって亡くなった赤葦京治の恋人。
付き合ったのは1年生の時、初夏の頃。
校舎の花壇の花達に欠かさず水をあげている姿を見るうちに気になり、何気無く赤葦が声を掛けてからよく話すようになって、交際するまでになったのだ。
園芸部にいるだけあって、花の事は凄い詳しかった。
中でも彼女は福寿草が好きだと、嬉しそうに話していたのを覚えている。
彼女が好きな花ならば一度実物を見てみたいと言った。
だけど、福寿草は初春の花であり、夏には枯れてしまう花だ。
だから、来年の春先一緒に見に行こうと約束をして、代わりにその年、彼女が作った福寿草の花びらが入った手作りのキーホルダーを貰った。




そして、翌年の春……




彼女と福寿草を見に行こうと約束した日……




待ち合わせ場所に向かうと彼女はいなく……




代わりに同級生から赤葦の携帯に電話が一本……




彼女が交通事故にあったという電話……



















俺のせいで、彼女は死んでしまった。


俺が彼女に話し掛けなければ……


俺が彼女と約束をしなければ……


彼女は今も生きていたかもしれない……


俺が彼女を殺したんだ。














「思い出した……」


全部思い出した。


あの子は俺の大切な人。


だけど、死んだなんて受け入れられなくてすぐに俺の記憶から彼女の記憶を消したんだ。


全部、彼女との想い出を無かった事にしたんだ。


「あらあら、残念……思い出しちゃったのね。
別に思い出したからどうって事ないけども。
今あたしがそこにいる雑草と同じにしてあげるから。」


さようなら、と影が持っている鉈を振り上げる。
避ける暇もないまま赤葦と山口に向かって降り下ろされた鉈は赤葦でもなく、山口でもない、影と2人の間に割って入ってきた彼女の背中を切り裂いた。
彼女の背中は右上から左下へと傷を大きく作り、そのまま赤葦の方へ倒れ込んだ。


「かづ……」


「京治君、キーホルダー。」


「え?」


「キーホルダーを貸して!」


言われるがまま赤葦がキーホルダーを手渡せば、彼女は足に力を込めて立ち上がり、そのままキーホルダーを地面に叩き付けると踵でキーホルダーを粉々に砕いた。
キーホルダーを砕く瞬間、影の声が聞こえた気がして見てみれば影は姿を消しており、そこには何も残っていない。


「京治君、怪我はない?」


ペタン、とその場に座る彼女の瞳は優しげに微笑んだ。


「俺は平気です、それよりもかづきさんが……」


「私は平気……生きた人間じゃないもの、切り裂かれた所で痛みは感じないから。」


「そう……ですか……。
あ……山口君は一体どうしたんですか?まさか、あの影に……」


「ううん、その子は私が京治君よりも先にここへ連れてきて眠らせただけ。
心配ないよ。」


「そうですか……」


「あのね、私京治君に謝らなきゃいけない事があるの。」


「?」


「生きている時に約束果たせなくてごめんなさい……」


「約束?」


「福寿草を見に行くって約束……あの日、私が事故に会わなければきっとこんな事にはならなかった。」


だからごめんなさいと、彼女が深く頭を下げれば、赤葦が彼女の頭にソッと手を触れ、彼女もゆっくり顔を上げる。


「謝らないで下さい。
俺の方こそ、かづきさんの死を受け入れずに今まで記憶から消していた事、すみませんでした。」


「そんな、京治君は悪くないよ!
悪いのは約束守らないまま死んじゃった私だし……」


「そうですか?
だけど、かづきさんは約束、守ってるじゃないですか。」


「え?」


「福寿草の花畑……いかなる形であれ、こんなに綺麗な花畑に一緒にいるんです。
約束……ちゃんと守ってるじゃないですか。」


「京治君……」


ありがとう、と彼女の瞳から涙がひとつ零れ落ちる。


そして……赤葦にはひとつ気になる事があった。


「所で……ひとつ聞いていいですか?」


「何?」


「さっきかづきさんが影に言っていた、影が殺した人と言うのは誰ですか?」


「っ!」


一瞬にして彼女の表情が曇った。


「誰か俺の知ってる人が影に殺され……っ!」


話の途中、花畑に例のチャイムが響き渡った。
チャイムが鳴り止むと同時に、赤葦が山口に重なるように倒れ意識を手離した。
後に残ったのは彼女と、赤葦が意識を手離したと同時に表れた柊。
柊は砕かれたキーホルダーを拾うと、粉々になった樹脂の中から花びらだけを取り出し、彼女の手のひらにソッと置いた。


「大事な……想い出なんでしょ?
大切にしなきゃ。」


「……そうだね。
……ねぇ、柊……。」


「何?」


「柊には、想い出……何かある?」


「たくさんあるよ?
お兄ちゃんとお姉ちゃんとの大切な想い出がたくさん。」


「そっか……例え、もしその事を相手が忘れても、柊は忘れちゃダメだからね?」


「わかってる……絶対忘れない。」


柊の言葉に安心したのか、彼女は優しく花びらを両手で包み込むと、京治君をお願いねと、言葉を最後に柊の前から姿を消した。




*NEXT*20141217

花言葉:悲しい想い出
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