* 金木犀 *
□第6章
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及川ってマジでスゲーよな。
え……翔さん何ですか急に。
いや、だってさ?
力、考えてもみろよ。
あいつ試合の度に「信じてるよ、お前ら」とか真顔で言うんだぜ?
そう……ですね?
俺だったら恥ずかしくて言えないね。
こないだ青城の松川ともバッタリ出会してさ、そんな話をちょろーっとしたんだけど、松川もだよなーって言ってた。
まぁ、あんな事言う人早々はいませんよね。
だけどさ、それでも及川は皆を引っ張って強い青城のキャプテンやってるんだ。
つまりそれって……皆も及川を信じてるって事だろ?
それって、とてもスゲーことだと思うんだよな。
だって……なんやかんや皆、及川に不安はないんだからな。
私は、何時かあなたが離れて行ってしまうのではないかと、毎日不安だった。
ーーーーーーーーーー
影と対面しながら嫌な汗がじんわり肌に滲み出る。
単純に考えて今まで一緒に行動していたのがこの影なんだろうが、よく今まで無事だったなと思う。
そして、縁下に「あれ?」と疑問が浮かんだ。
今まで行動していた女性が影ならば、殺せるチャンスは幾らでもあったと思う。
どうしてわざわざ今姿を表して警戒心を持たせているのだろうか。
様子を伺っていたとして、最初に影にあった時は俺達を殺す気でいた。
その証拠に危うく音駒のリエーフが第1犠牲者になりかけたし、実際主将が助けなければもしかしたら1番に死んでいたかもしれない。
そんな殺意を持った状態ならその時みたくいきなり斬りかかって来てもいいと思う。
なのに、どうしてわざわざ姿を表したのか、どうにも縁下にはそれが気掛かりだった。
「これってさ、あれじゃね?
絶対絶命じゃね?」
「まぁ、そうですよね……追いかけて来たらどうします?
ここ迷路ですよ?
逃げて行き止まったら袋のネズミですよね。」
「やっべ、これ確実に死亡フラグじゃん。」
うわっ……と僅かながら仮に殺されてしまった場合を想定して顔が青ざめた。
「ひとつ……聞いていいかしら……」
「「?」」
影の言葉に2人は黙って眉を寄せた。
「あんた達は、何で確証もないのに信じるなんて軽々しく口にするの。」
「は?」
「裏切られた時に後悔するのは自分よ。」
なのにどうして簡単に信じるなんて言えるのと、影は言葉を続ける。
一体何なんだと首を傾げる2人。
つまり、この影は過去にでも何か裏切られた事でもあるのだろうか。
いや、まず人かも怪しい影の存在に過去も何もあるのかわからないが。
そして、影の言葉に一瞬耳を疑うことになる。
「あいつさえ……あいつさえいなければこんな事にはならなかった……あいつは死んでも許さない……瀬河聖夜だけは……わたしから翔君を奪ったあいつだけは!!」
影の言葉に縁下が目を丸くした。
「翔君?翔君って、まさか……寺嶋さんの事……?」
と、言う事は……私から奪ったって事はもしかしてこの影の正体は……。
1人の女生徒の笑顔が縁下の脳裏に浮かぶ。
優しそうな、可愛らしい笑顔で笑う自分の1つ上の先輩。
「縁下!!」
「!!」
頭で考えるのが精一杯で、目の前の影に気付かなかった。
松川の叫び声に引き戻され、現実を見た時には影が自分の真正面にいて大きな鉈を振り下ろす直前で、動こうにも頭では警報器が鳴っているが、恐怖で足が動かない。
自分はここで死んでしまうのかと、最後の悪足掻きとでも言うのか、強く目を瞑る。
が、一向に衝撃は襲ってこず、ゆっくり目を開ければ影の姿は跡形もなく、代わりに影が正体を表す前のドレスを着た女性が少し離れた場所に佇んでジッとこちらを見つめていた。
またあの影かとも思ったが、今しがた目の前にいた影がまたさっきと同じ姿になるのも考えづらい。
ただ、さっきと違うのは女性の足元には通路の両脇にちらほら咲いているクロッカスで出来た小さなブーケが踏み潰されていた。
女性はホッとしたように右手を胸に当て、胸を撫で下ろすと、ゆっくり2人に近づき、目の前でピタリと止まり、口を開いた。
「怪我はない?」
危なかったわね、と女性が微笑む。
「……あなたは……」
「私?私は……ここの管理人みたいなものかしらね。」
「管理人?」
「えぇ、もう長いことこの迷路の管理人をやってるわ。
何時からいたとかもう覚えてないしね。」
「あの……ここって、一体何なんですか?」
縁下の当たり前の質問に、女性はキョトンと首を傾げた。
「何って…… ..に、一度ここに来た時、聞かなかった?」
一瞬、女性の言葉の一部にノイズがかかり、ん?、と2人が眉を寄せ、女性は更に不思議そうに瞬きをすると何かを思い出したようにハッとした。
「そっか、あなた達はあの子達と違ってまだ生きてるのね。
あぁ、だから..が私の所に……そっかそっかなるほどね。」
わかったわかったと、握った右手を左手でポンと叩き1人で事故簡潔する女性。
その様子に2人は顔を見合せ、お互いに首を傾げた。
一体何なんだと言うのか。
この事態を知っているのなら教えてもらいたい。
「もう、..ったら時間がないとかって言って私に助けるように頼むだけ頼んですぐどっか行っちゃったからなー……」
まぁ、何時も私こそ守ってもらってるから別にいいんだけど……と、ブツブツ言う女性にいい加減痺れを切らした松川が、あの、と声を掛けた。
その問いかけに女性もやっとえ?と松川を見る。
「一体ここって何なんスか?
何か知ってるなら教え……!」
松川が言い切る前に突然頭を殴られたような酷い頭痛が
襲い掛かり、頭を押さえた。
同様に縁下も酷い頭痛に襲われ頭を抱え、すぐに立っていられなくなりその場に倒れ込む。
そして、頭痛と同時に恐怖の始まりと言っても過言ではないチャイムが迷路全体に鳴り響き、あまりの痛さに2人は意識を手放すと同時にチャイムも鳴り止んだ。
女性は少し悲しそうな表情で膝をつき、サラリと縁下の前髪に指を滑らせる。
「ありがとう。」
女性ではない、別の幼い声が背後から投げられた。
特別驚きもせず、肩越しに振り返ると後ろにはあの小さな女の子。
「珍しいね、柊が生きてる人間を助けるなんて。」
「この人達はお兄ちゃんやお姉ちゃんの大事な人達だから……」
「そっか。
確か、あの子の誕生日にプレゼントされたんだったよね。」
昔、柊に聞いた事を思い出し、聞けばうん、と柊が頷く。
「いいなぁ、守って貰えるって。」
あんた達は幸福者だよー?と、縁下の前髪に滑らせていた指を頬に移動させグリグリと軽く押し付けてやる。
「けどさ、この子達本当の事を知ったら……どうなるかな。」
「……傷付くかもしれない。
あるいは自分を責めるかもしれない……だけど、私は守る事が役目で、それがお兄ちゃんやお姉ちゃんの願いだから叶えるの。」
ごめんなさい、と謝れば女性は立ち上がりうつ向く柊をギュッと抱き締めた。
「柊はまだこんなに小さいのに頑張り屋さんだね。
辛くなったら何時でもおいで、また一緒に遊ぼう、この迷路で鬼ごっこしたりなんかしてさ。
結末がどんな形になろうとも柊が決めた事をやり通しな?」
私は何時までも信じて待ってるから……と言えば柊はコクリと頷き、抱き締められてた温もりがスッと無くなると、後には柊と気を失った縁下と松川だけが残った。
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花言葉:私を裏切らないで