* 金木犀 *

□第7章
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「ここは一体どこなんですかね。」


「き……霧が深くて何も見えませんね。」


辺り一面、スモークでも焚いたのかと言うほど真っ白な霧の中を歩きながら、山口と赤葦がそんな会話を交わした。
しかし、行けども行けども霧の深さは変わる事なく、寧ろ歩き進むにつれ深くなってるようにさえ感じなくもない。


「せめてここが外か中かさえわかればいいんですけどね。」


「ツッキー大丈夫かな?」


不安を隠しきれない表情で山口が呟くと、その声は隣の赤葦に届き、ツッキー?と首を傾げるも、すぐに烏野の月島の事を言ってるんだなとわかった。
合宿の時に確か黒尾や木兎がツッキーと呼んでいたっけと記憶が甦る。


「そう言えば……黒尾さんや木兎さんは兎も角として……山口君は月島君と仲が良いですよね?」


赤葦の月島に対する第一印象は他の人に興味を滅多に持たないような冷めた人の印象だ。
冷めたと言っても、澤村や菅原に話し掛けられれば自然に受け答えはしてたが、悪魔でそれは必要最低限と見てとれるし、日向や影山と話してもバカにしたようなそんな会話だけ。
合宿中、上級生と話す姿は幾らか見かけても日向や影山といった同級生と話す所はあまり見てないかもしれない。
それを考えると山口は月島とよく一緒にいたし、月島もなんやかんや山口と結構行動を共にしていたので仲が良いと思ったのだ。
それに、唯一同級生で月島の事をツッキー呼びしているのは山口だけ。


「ツッキーとは小学校から一緒にいるんです。
俺、昔同級生に苛められてて……その時助けてくれたのがツッキーで……て、言ってもツッキーは助けたつもりはないんだと思いますけど。
それから俺はツッキーと一緒にいるようになったんですよ。」


今思えばいい想い出です、と照れくさそうに笑って見せる山口に、赤葦は山口にとって月島はかけがえのない友達なんだなと心の中でそう思った。


「赤葦さんには、何か想い出はありますか?」


「え……俺ですか?」














俺は……




































『私、京治君には幸せになってもらいたいな。』



















「っ!」


一瞬、ひとりの女の子が赤葦の頭の中に浮かんだ。
顔はボンヤリしてたものの、口元は幸せそうに弧を描いて笑っていた。
あの女の子は一体誰なのだろう。


思い出せないモヤモヤした気持ちに焦れ、心臓部分のジャージを握り締め、逆の手で髪の毛をクシャリと握る。
だけど、思い出そうとするほど自分の中で何かが消えかかりそうな気がしてならない。


そもそも……


「俺は何でこんな霧の深い場所にひとりで?」


ゆっくり辺りを見回しながら不思議そうに首を傾げた。
霧深い場所にいるのもそうだが、元々どうしてこんな場所にいるのだろうと、少し前の自分を思い出しても経緯が思い出せない。
どうしたものかと、冷静に思考を巡らせ口元に手を当てる。


「どこか具合悪いの?」


「え?」


背後から聞こえた気づかう声に赤葦はゆっくり体を後ろに向けた。
そこにはポニーテールが特徴的な女の子が心配そうに赤葦を覗き込むように見ている。
驚いて瞬きすれば、女の子は「平気?」と問い掛けて来た。


「あの……」


「もし、体調悪いんだったら、別の日にする?」


無理はしないでね、と女の子が悲しそうに笑った。





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