* 金木犀 *
□第6章
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【信じてる】という言葉を軽々しく口にする奴程、私は信じられない。
「なんつーか……アレだよな。」
歩いていた足を止め、松川がポツリと呟く。
急に松川が止まった事により、並んで歩いていた縁下は二歩程前に出る形になり、松川を振り向いた。
「どうしました?」
首を傾げる縁下に、松川はワシワシと頭を掻いてから疲れたような表情で口を開いた。
「どうしましたっつーか、コレさ、出口あんのかよ。」
「出口があるかわからないから、こうしてひたすら歩いてるんじゃないですか。」
この巨大迷路を。
溜め息を着いて、縁下が空を仰いだ。
今2人がいるのはテーマパークであるような巨大迷路の中。
周りが垣根のような緑の植物で覆われており、所々にピンクのあまり見慣れない花がちらほら咲いていた。
故意にその迷路に入ったのではなく、目が覚めたらこの迷路のどの部分か知らない所で気を失っていたのだ。
目が覚めた時は縁下も松川もひとりではあったものの、出口を探すべく適当に歩いてる途中、程なくしてそれぞれがバッタリ鉢合わせに出会い今に至るのだが、迷路をさ迷ってから、かれこれ2時間は経っていた。
思い返す度に、縁下はこれがテーマパークだったらもっと純粋に楽しめたのにと、何度もそんな事が脳裏を過る。
所謂現実逃避だ。
「何時になったらこっから出られんのかね。」
「寧ろ出られるんですかね。」
松川の言葉に半ば絶望に近いような返答を返す縁下に、松川は「ぅっ……」と言葉に少し詰まる。
すると、丁度道が左右に別れている所で背後からカサリと音が聞こえ、反射的に2人が後ろを振り向く。
そこには数メートル程離れた右へ曲がる曲がり角の所に女性が首を傾げて立っていた。
誰だろう……
歳は二十歳前後くらいで、どういう訳かウエディングドレスを着ている。
ふんわりとしたドレスで裾が長い為、地面に触れてる部分は完全に土で汚れて茶色くなってるし、相当動き回ったのかボロボロに擦り切れてもいる。
ただ、汚れて汚い所は裾の部分だけであり、他は全て綺麗なままだ。
それに何より、今の状況にその人は異色過ぎる。
その女性から殺意みたいなものは感じられないものの、用心するに越した事はない。
「だからー、あたしね?そいつに言ってやったの!!
テメーみたいな男のクズはこっちから願い下げだっつーの!!」
何故こうなった。
確か、教室で影から穴みたいな所に落とされて、気が付いたら巨大迷路の中に倒れてて、その内青城の松川さんと遭遇して、一緒に出口?を探してる途中でドレスを着たこの人に出会いつつ……
縁下と松川は女性からそれぞれ首に腕を回されながら、引き寄せられ、絡み酒みたいなテンションで愚痴を聞かされながら宛もなく適当に迷路を歩いていた。
「おい、何なんだよこの人、酔っぱらいか?」
「俺が知るわけありませんよ、お酒臭くはないんで酔っぱらってはないと思いますが?」
とは言うものの、正直絡み酒以上に面倒臭い気がしなくはないのだが。
なんだってこの人はこんな危険な場所にいるのか。
それもドレスなんか着て、これではまるで結婚式当日に逃げ出した花嫁みたいではないか。
まぁ、さっきから男と別れただの、捨てただのとは言っているのであながちそうなのかもしれないが……
そもそも……
「あ……あの、すいません!!」
未だ愚痴り続ける女性の言葉を遮り、縁下が割って入れば「なによー、」と女性が軽く眉を寄せ縁下に顔を向ける。
話を途中で遮られて気分を損ねてしまったのか、些か女性は不機嫌そうだ。
「あの、貴女は一体どうしてここにいるんですか?」
「は?」
「だって、ここは多分普通の世界と違いますよね?
なのに、何で貴女みたいなこの世界とは不釣り合いな人がこんな所にいるんですか?」
縁下の質問に女性の眉間の皺が深くなり、反対側にいる松川も黙って2人の様子を見守っていた。
「別に……そんなの私の方が知りたいわよ。」
少しの間を開け、女性の言葉に縁下と松川が顔を見合せる。
女性はため息を着いた後で、ようやく2人を開放し、抱えるものが無くなった腕はそのまま女性の胸の下で腕を組まれた。
「気が付いたらここにいたのよ。
その前は何をしていたかなんて覚えてないわ。
覚えているのは、結婚式前日に彼から「信じてる」って言われた言葉だけよ。」
「信じてる?」
「あれ、けど今まで男を振っただの何だの愚痴ってましたよね。」
「それは、今までの何時かわからない記憶。
なんかねー、断片的にたまーに頭の中に出てくるのよ。
所謂フラッシュバックみたいな?
そんなのばっかだからスッキリしなくてアンタ達に愚痴ってたの。」
「そうですか……」
「なんてゆーか……」
迷惑極まりねぇ。
縁下と松川は少なからずそう思った。
*