LIBRARY:01

◆DIZZY
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切っ掛けは何だった?
もう、そのそれすらどうだっていいか。
抑え込めない感情に煽られ、全てが昏く染まった瞬間。

──「好きな人はいるの?」と。
いつもの店で、いつもの面々。
女性陣のひとりが、話の流れでふと口にした一言だったろうか。
それは銀次と蛮に対して向けられた質問であったけれど、蛮はうまく躱し。
…しかし銀次は違った。そのままの意味でそのままの通りに受け止め。
決して言葉にはしなかったけれども、その場にいる誰もが『分かる』反応を示したのだ。

好きな人がいます、と。

隠し事のできない性格。嘘が下手。ポーカーフェイスなんて無縁。
そんな奴が、全身で言っていた。
好きでたまらない人がいると。明かせないけれど、愛する人がいるのだと。
幸せそうに、笑んだ。
すぐに話題を変えようと慌てていたようだが、正直その後の事はほとんど覚えていない。
じわり、じわりと。
自分の中に潜む真っ黒な感情が這ってくる。侵蝕されていくのを感じても、止めることなど出来ない。
あぁ、この正体を自分は知っている。
今まで奥底に無理矢理抑え付けていた感情だ。
劇薬にも甘露にも似ている。そちらに心を傾けてしまえば、容易に受け入れてしまえるもの。

欲しいのは銀次だけ。
お前が。お前だけが。
オレ以外の奴を見るな。
オレ以外の奴を想って、笑むな。
…理不尽過ぎる欲が、一気に浸透してゆくのだ。
見知らぬ銀次の想い人にさえ、殺意が湧いてしまいそうな程に。

まるで胸の奥から毒を注がれたような気分だった。
その毒はゆっくり思考まで支配していく。
帰宅するまで必死に堪えていたことなど、銀次は気付きもしない。
出来る限り相手の顔を見ないよう振る舞った。頭を冷やせ、いいから落ち着けと。
「気分が悪いからもう寝る」とでも言って、さっさと引っ込んでしまうつもりだったのに。
残酷なお前は、帰宅早々何を伝えてきたか覚えているか?

「蛮ちゃんは、その…好きな人とか、いるの?」

この台詞で、視界が真っ赤に染まった気がした。
逆に、全身の血は冷たく凍っていく。
…何を言い返したかも、覚えていない。その瞬間の煮え滾った感情を、正確に言葉にすることが出来なかったのかもしれない。
憎くて。腹立たしくて。…愛しくて。
覚えているのは、その身体を捕まえベッドへ組み伏せたときの、銀次の驚愕する表情だけ。
──この夜、銀次を抱いた。
ただ一方的に犯した。貪り、強引に身体を開く。
服を裂き、本能のままの愛撫。「もうやめて」と啜り泣く相手を何度も押さえ付けては、身を重ねた。
処女肉を貫き、深く繋がって。甘美に絡み付く肉筒へ捩じ込んだ。
困惑と拒否の言葉ばかりが零れるその唇も塞いでしまいたかった。…しかし、それができなかった。
もっと、蛮を罵倒するくらいの強い言葉が欲しかったのか。いっそ…嫌われてしまいたかったのか。

灯りもつけない暗闇の中、銀次の身体をボロボロにして、獣の如く犯し尽くした。
外から差し込む月明かりが、妙に明るい気がして苛ついた。これほどの光さえ、その時の自分には辛く思えたのだ。
照らす光があるからこそ、自分の中の真っ暗な欲が顔を覗かせてしまう。

…そして、すっかり夜が明けた頃だろうか。
気が付けば、蛮はベッドの傍の壁へ凭れるように座り込んでいた。
銀次は気を失っているようで、ぴくりとも動かない。
部屋中に満ちた性交の余韻も薄れつつあり、自分も冷静さを取り戻している。
いや、違う。冷静になりたくなかったのだ。…狂ってしまいたかった。

「…銀次」
そっと、彼の様子を確認する。
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