LIBRARY:05

◆CONDUCT
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…あぁもう。
思い切り頭を殴られたような衝撃だった。
なんで自分はこう、毎度毎度タイミングが悪いのか。
いいや、この場合は、かえって良かったのかどうなのか。

移動教室の際、すれ違った女生徒数名。
彼女たちが、蛮の噂話をしていたワケで。…なんとなーく気になってしまい、急ぐことをせず、ゆっくり近くを通り抜けるような感じになってしまった。
『美堂蛮』の名前を聞き取る・拾う能力だけは、日に日にパワーアップしている自覚はある。
…彼の事が好き過ぎるだろう、自分。
同級生兼、家庭教師様兼、…コイビト、な関係ですから。
立ち聞きするような形なのはちょっといけない事だけど。
しかし、それを聞いてしまったのが、そもそもマズかったのかもしれない。
どうも自分は、立ち聞きで失敗することが多いというのに。

「ねぇねぇ聞いた!?美堂くんの話」
「知ってる、留学決まったんだって!?さすがだよねー」
「大学側から是非にってお呼びが掛かったそうだから。しかも候補が何校もあったってホント!?」
…こういった内容の話で盛り上がりながら、廊下の反対側へ歩いて行ってしまったのだけれど。
これを聞いた時の衝撃といったら…。
思わず、銀次は廊下の端で固まってしまった。
学内で彼が人気があるのは勿論知っているし、彼の学力が恐ろしい程に群を抜いているのも知っている。
けれど。…それでも。

留学、ってなに。
そんなの知らない。聞いてない。
つい昨日だって会ったばかりだ。銀次の家で、じっくり厳しく、粒子の結合と結晶の構造の基礎から叩き込まれていたのだから。
おかげで昨晩は、原子・イオン・分子に関するアレコレが夢にまで出てきたものだ…。
昨日の『コイツ、この程度の基礎問題もわかんねーの』的な、憐みを含んだあの視線を忘れもしない。

今すぐにでも問い質したいくらいなのだが、そうもいかない。
…校内では、気安く話し掛けません、って約束もあるし。
それ以前に、彼は今日も登校していないらしい。
確かめたい、でも確かめるのがこわい。
そんな感情にグルグルと迷いながら、次の『家庭教師』の約束の日を待つ。
蛮がバイト各種で相当多忙な事は知っているし、急に呼び出したりするのも遠慮してしまう。

──翌日。
銀次宅へ足を踏み入れた蛮は、その異様に重苦しく淀みまくった空気を、すぐさま感じ取った。
当然、発生源は銀次である。
銀次は、未だ少し迷っていたのだ。ストレートに尋ねてみるべきか、さりげなく聞き出すべきか。
それとも…彼の方から話してくれるのを待つべきか。
悩み迷っているのを隠しておける銀次では無い。
「…おい、言いたいことがあるんなら早めに言っとけ」
「え?…なんのコト、デスカー…」
「お前、それで隠してるつもりなのか…」
早めに白状しないと、勉強タイムの前に拷問タイムを設けてやるぞ、との脅し。
拷問は…いやだ。

結局、蛮本人を目の前にして、隠し切れるような内容ではなかったのだ。
そして、『留学』の詳細を確かめるよりも、どうしても気持ちの方が抑えきれなかった。
蛮と向かい合って、じっと顔を見るだけで。…泣きそうになってしまうくらい。
「…いかないで」
「は…?」
「留学、なんて…。行かないで、蛮ちゃん…」
彼ほどの優秀な人間ならば、国外で勉強したいと思うのも当然かもしれない。
きっと彼のためになるし、自分にそれを止める権利なんて無いのも分かっている…けれど。
「オレ聞いてないよ…」
「…留学…って、あの話か。そりゃあな、お前に話した記憶はねぇし」
「そんなぁ…」
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