混植

□dyed in your hue
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 ある日の昼下がり、ビューガは一人で歩いていた。目的地はない。ただカミズモウをしたいと思っていた。
 彼の親方である***は現在授業中である。今日も観念的なことについて他の大学生と議論を交わしているだろう。最近ビューガは、***に対して、あまりにも弱い敵とは戦わないでほしいとさえ思っていた。これは偏に***の神通力が強力なものであり、安売りする必要はないと考えているからだ。少なくとも、ビューガが自覚している範囲では。だから近頃はジャークパワーのみで対戦していた。
 ふと横を見ると、そこは***がいつも買い物をするスーパーだった。
「………………」
何気なく立ち止まったビューガに、背後から声をかける者がいた。
「貴方がスパイクの神ですね?」
 ビューガが振り返ると、鋭い金属の腕が突如として襲ってきた。ビューガは片手でそれを受け止めた。
「お前達は本当に不意打ちが好きなんだな」
ビューガは目の前の、くすんだ茶色のマントを纏ったジャリキシンに、鋭い視線を投げかける。
「ええ! カミズモウも大事ですが、そろそろ我々も手段を選んでいられないのですよ。貴方と貴方の親方について、お噂はかねがね耳にしております」
 ジャリキシンはぐぐ、と掴まれたままの腕をより押し込もうとする。
「チッ」
ビューガは舌打ちして腕を離し、ジャリキシンと一気に距離を取った。
「親方を呼びなさい」
 ジャリキシンが、左腕である金属を展開する。二枚の刃が鋭く光っている。
「私は貴方達を倒すため、今までのあらゆるジャリキシンを超える力を与えられました。神と親方、どちらも揃っていなければ戦う意味がない」
「あいつなら今は授業中だ。出直すんだな」
「いいえ、問答無用で出てきてもらいます」
 ビューガが瞬きをした刹那、喉元にジャリキシンの刃が迫っていた。
「くっ!」
ビューガは後ろにのけぞり、そのまま回転して避ける。
「さあ! さあ! 早く親方を呼ばないと、もっと面倒なことになりますよ?」
 ジャリキシンは刃を人々で賑わう店に向け、これから起こることを予感させた。
「………………」
 スモードの姿のビューガが、歯噛みして睨み上げた。


 授業中、突如としてタイコンの着信音が鳴る。電話なんて滅多にかかってこないのに、誰だろう。ひとまず相手を確認しないといけない。そう思い***はタイコンを取り出した。表示されている名前を見た瞬間、***に嫌な予感がよぎった。
「すみませんっ!!」
 先生と他の生徒に反射的に謝罪し、***は全速力で教室を出た。彼からの連絡ということは、何かあったに違いない。通話を開始する。
「どうしたの!?」
 電話の向こうでは、何かが破壊される音がひっきりなしに鳴っている。一瞬遅れて彼の声が聞こえてきた。
「学部棟裏に来い!!」
追い詰められた声でそれだけ伝えて、通話は切れた。
 ***は階段を駆け降り、裏口から外へ出る。扉を開けた瞬間、硬い破片が粉と共に舞い上がる。
「っ!」
「***!」
 反射的に閉じた目を開けると、青い仮面に狼の耳──電話の相手であるビューガがそこにいた。
「ビューガ────」
「漸く来てくれましたか。お待ちしておりました」
 知らぬ声がした方を見ると、マントを被ったジャリキシンが***を見て、ご満悦そうに目を三日月型に細めていた。奴が通ったであろう道路が、ことごとく割れ砕けている。ビューガの様子からして、彼を攻撃しながら移動してきた余波だろう。
「何が目的なんだ?」
 ***の中で怒りが煮え立ち始める感覚がある。お陰で、少し強気でいられる。
「私は貴方達『二人』を倒すことを命じられています」
 ジャリキシンは腕の刃を展開し、その先で***とビューガを指した。
「ジャークパワー純粋派からしたら、貴方達のように強い親方とジャリキシンの組み合わせは目障りなのです。……私はそのようなものではなく、単に面白い相手と戦えると聞いて、この任務を志願したのですが」
 ケラケラケラ、とジャリキシンは笑う。
「しかし、任務は任務。きっちり全うさせていただきます。さあ行いましょう! カミズモウを!」
 腕を振り上げたジャリキシンを見据えたまま、ビューガと***は臨戦態勢に入る。
「いけるか?」
「……うん」
 二人の様子を見て、ジャリキシンはフィールドを展開させた。
『カミズモウ!』
 青々と木が茂る夏の景色。空はからっと晴れている。
 ***に注連縄型のエネルギーが巻き付き、親方服へと変化させる。漆黒の基調は、他の何色にも染まらない強さを表している。
 ***は変形した櫓に着地すると、慣れた手つきで曲を選択した。
「来たぜ来たぜ! この音こそ神の音! 俺の神音《ビート》だぜ!」
 ビューガは口上を叫ぶ。スモードの小さな体が青い炎に包まれ、精力の奔流で巨大に拡張される。
『カミズモード!』
 蹴ることに特化した大きな足で土俵に着地し、ビューガはポーズと共に名乗る。
「スパイクの神! ビューガ!」
 いつも通り***の太鼓の音と共に、二人は戦闘の準備を終えた。
「聞かせてしまおう! 俺達の神音《ビート》!」
 一方ジャークパワーが櫓に設置され、敵ジャリキシンの側でも音楽が選択される。重々しいインストゥルメンタルが流れる中、ジャリキシンはマントを脱ぎ、土俵に降り立つ。
「鋏の神、シザージョン!」
シザージョンは両腕である鋏を開閉して、音を立てて見せつけた。左腕の鋏は、鋭い先で触れるもの全てを傷付けそうだ。しかし右腕は、鋏状ではあるが所謂鋏とは異なっていた。全体が細い金属で形作られ、先の部分がまるで針の糸を通す部分のようで、穴が空いている。刃のように見える部位もないため、切る能力は無いのだろう。そして白衣を纏っており、それはダイナミックに赤い飛沫で塗られていた。頭には赤い角が四本も生えている。
 行司を務めるゴウリキシン・テンテンがどこからか飛んできて、いつものように軍配を振るった。
「見合って見合って〜……」
「ああ、大丈夫です。今回は正式な試合ではないので」
「え? そうなの?」
シザージョンに言いくるめられ、テンテンは飛んで行ってしまった。***とビューガは更に警戒心を高める。
「何が狙いだ……?」
「***、気を付けろ」
「いやですね、単に配慮しただけですよ。私は並外れた力をいただいたのですが、代わりに少し、刺激が強い戦法になってしまいましてね。そんなものをわざわざ多くの者に見せる必要もないでしょう」
 それでは、とシザージョンが構える。
「いきますよぉ!」
シザージョンが一気にビューガとの距離を詰めた。シザージョンの曲に、女性ボーカルの悲鳴のような歌声が入り始める。二本の鋏で繰り出される連撃を、ビューガは一つ一つ手で払う。
「うおおおおおお!」
 ***の神太鼓が嘶く。送り込まれた神通力で、ビューガは距離を取り、左手を構える。掌から炎を出して攻撃するのだ。
「ブルーファイヤ──」
──しかし、それは叶わなかった。次の瞬間、ビューガの左手は土俵の上に転がっていた。
 ビューガは呆然として血の滴る手首を見る。
「フフフ……」
 目の前のシザージョンが、目を弧に歪めて笑った。左の鋏にはビューガの青い血が付着している。
「遅いですねぇ……。スピード特化のジャリキシンと聞いていたのですが、こんなものですか?」
シャキ、シャキ、と鋏を忌まわしく鳴らす。
「お前えええええええ!!」
 ***の激昂した声と共に、より強く、激しく、神太鼓が打ち鳴らされる。
「ビューガ!! 大丈夫!?」
「あ、ああ……」
 右手で傷口を押さえ、ビューガはよろけるようにして***の櫓の下に来た。そっと傷から手を離すと、神通力のお陰で血は止まった。
「少し驚いたけどまだ片手だ! 勝機はある!」
「そうだな……!」
 改めてシザージョンに向き直ると、今度はビューガの方から走った。ビューガの速度がどんどん増していく。
「爆足!!」
ビューガはそのままシザージョンの周りを取り囲む。目にも止まらぬ速さで撹乱する。そして残像の輪の中から、何度もシザージョンに蹴りを浴びせた。
「いけェーーーーー!!」
「スピニングニーーードル!!」
 ***の神太鼓の音に呼応するように、ビューガは強力な回し蹴りを放った。シザージョンは横っ面を蹴られた姿勢のまま、膠着した。
 着地したビューガが挑発するように問う。
「流石にキいただろ?」
「フッ……フフフ……」
 シザージョンが不気味に笑う。ビューガの中で警戒音が鳴り響く。しかし、ここで攻撃を休める訳にはいかない。ビューガは右脚を下げ、地面を蹴り上げ、存分に追撃を振るった。
「何っ!?」
だがその蹴りを、シザージョンは右腕で掴んでみせた。
「もしや、これが全力なのですか?」
ビューガは足を引き戻そうとするが、シザージョンの右腕はビクともしない。段々と冷や汗が噴き出してくる。
「でしたら、とんだ見当違いでしたね」
左腕の鋏が、ビューガの引き締まった大腿に迫る。
「っ……!」
「まだだ……まだいける!!」
 ***の雄叫びと共に、神太鼓が更に強く鳴った。流れ込んでくる神通力で漲り、ビューガは右脚を脱出させ、勢いのまま左脚でシザージョンを正面から蹴った。
「オラァ!!」
「っ……まだそんな力があったとは……」
シザージョンは両手で防御したが、後ろに引きずられた。
「キメ技で畳みかけるぞ……!」
「オーケー……!!」
 ビューガも***も段々と消耗しているようだ。髪は乱れ、呼吸は荒い。
「そうはさせませんよ……!」
 両腕の鋏を開いてシザージョンが激突してくる。片手を失くし、体力の底が見えてきた状態で、ビューガは連続して襲ってくる鋏を躱す。
「うおおおおおおおおおおおお」
 ビューガのキメ技発動のため、***はひたすらに神太鼓を叩き続ける。勝たなければならない、ビューガの親方として。
 いける、ビューガがそう感じて構えた瞬間に、シザージョンはビューガの腕を掴んだ。
 シザージョンの表情に、最早余裕はない。
「カイザーカッティング!!!」
 真っ赤なオーラを纏った左の鋏が、反応する間もなくビューガの腹を破った。青い雫が舞い踊る。そして、腹圧で押さえられていた臓腑が、拘束をなくして這いずり出た。
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