混植

□紅
1ページ/1ページ

 ビューガが私に冷たくなってから、もうどれぐらい経っただろう。カミズモードになって襲いかかってきたあの日から、ビューガは明らかに私を避けるようになった。
 まず、基本的に一人でカミズモウするようになった。ジャークパワーがあるから、ビューガはジャリキシンとして勝手に戦える。そして勝ってくる。たまに一緒にいる時に戦うことになると、そのままカミズモウしてくれるけど、それだけだ。つらい。必要とされないのがつらい。ビューガは強いから、私はあくまで保険で、本当なら親方もいらないんだろう。
 次に、それに応じてビューガが以前より一緒にいてくれなくなった。食べるのも寝るのも登下校も一緒だったのに、今ではバラバラに過ごしている時が大半だ。──ワンルームがいやに広く感じる。カレンダーを見れば、ビューガと生活するようになってから、ほんの少ししか経ってないと分かるのに。
 別にあのことは気にしていないと、そういうこともあるよとは伝えた。だけどビューガは何も返事をしなかった。ビューガの性格を思えば、当然だろう。……衝動があるのなら、それも私にぶつけてしまえばいいのに。神が人間に付けた傷や怪我は、しばらくすれば『なかったこと』になる。この間敵ジャリキシンに攻撃された時に分かったことだ。気の向くまま私を壊してしまえばいいのに。それとも、道具としてすら使いたくないほど、私のことなんて好いていないのだろうか。

*   *   *

 久しぶりに共にカミズモウに臨んだ帰り、***はご機嫌だった。カミズモウ中のビューガは自分の神通力に素直に喜んでくれる。その姿を見ることが、何よりも幸せだ。しかもなんと、ビューガがそのまま一緒に帰宅してくれている。もうスキップでもし始めるような心地だった。
 だが、***の隣を歩くビューガは、密かに思い詰めていた。

 家に着き、ビューガがいる自宅に心躍りながら、***はビューガに話しかけた。
「今日の相手、結構強かったね」
 カミズモウ大会までまだ期間はあるが、そろそろ他のメンバーについて考え始めたい時期だった。大会には三柱の神が必要である。
「あの子チームに入れるのはどうかな?」
 さっき***とビューガが戦った相手は、多彩な技で翻弄してきた。味方にすれば戦略も広がるだろう。
「駄目だ」
しかし、ビューガはにべもなく却下した。
「あの程度の力じゃ、俺達についてくるのなんて到底無理だ」
「そっか……」
 ***はビューガの判断を疑わない。『神』という存在そのものへの敬愛のあまり、盲目的になっている面を自覚しているからだ。
「じゃあ、ちょっと前に戦った耳生えたブチ模様の子は? ビューガと戦い方似てたから、今はあれでも伸ばしやすそ────」
 ***の言葉の途中で、ビューガはカミズモードになり、足で***を押し倒した。
「あんなのを入れるなんて論外だ」
ビューガは***を踏みながら、彼女を見下ろす。その目には蔑みや軽んじる思いはない。熱いものと、そしてどこか焦燥感があった。
 二人がちょっと前に戦った相手とは、猫科らしき耳の生えたジャリキシンだった。体の斑点やスピードを重視するスタイルからして、チーターのイメージが入っているのだろう。しかしその身軽さが性格にも及んでいるのか、どこか軽薄そうでもあった。
「そう、だね。同じ戦い方ならわざわざ入れる必要ないもんね。ビューガと合わなさそうだったし……」
 ***は懸命に今まで戦った相手を思い出す。しかし、めぼしい者が見当たらない。
「弱いやつを入れないとなると、本当に難しいね。負けたことないから……。いつか、勝つか負けるかぐらいの勝負ができたら……」
「俺達が負けるなんてありえない!!」
 ビューガの踵の棘が、勢いよく***の腹に突き刺さる。***は短く呻き声を上げ、痛みに顔を歪めた。
 しかし即座に、***は努めて穏やかな顔をした。
「ごめん……仮定でも負けるとか、言っちゃダメだね。ごめん……。親方としての覚悟が足りてなかった」
ビューガは***の表情を見て、ハッとして血の気が引いた。何か言葉を紡ごうと口を動かすが、何も出てこない。
「っ…………」
「ビューガ。私に対して思ったこと、本当に何でも言ってね。してほしいことがあったら、何でもするから」
 それを聞いて、ビューガには言いたいことが込み上げた。しかしそれはあまりに未整頓で、実体なく膨大で、喉を塞いで詰まらせた。
「……ああ」
 ビューガは***に乗せていた足をそっとのける。棘が刺さった箇所の服は破れ、深淵に似た傷穴が空いていた。しかしこの傷は、少し経てば人間の理に次元律が収束し、なかったことになる。
「ごめん、一つだけ我儘言っていい?」
 ***は床に倒れたまま、ビューガを見上げながら言った。人間よりも大きなカミズモードの姿が、背後から照明を浴びて光と陰のコントラストを作る。銀色の毛先が輝いている。
 痛みを堪えてゆっくりと起き上がる***。ビューガはどこか狼狽している。
「なんだ」
「もう少しそのまま、カミズモードでいてほしい。それで、ちょっとだけ屈んでくれる?」
 言われるがまま、ビューガは***に顔を差し出すかのようにした。すると突然、***は自分の傷口に指を突っ込んだ。
 ビューガが愕然とし、大きく目が見開く。***の手の動きを追っていた視線が、完全に釘付けになる。***の傷を離れた指は、真っ赤な血を纏っていた。赤という概念を凝縮したような、新鮮な赤だ。それを***はビューガの唇に乗せた。血は薄く伸ばされ、それでもなおその色を発揮し、ビューガの唇を覆う。
「ああ……」
 ビューガの肉感に満ちた唇が、***の血で艶めいて飾られた。***が漏らした声は感嘆と共に、肉体の辛苦を伝えている。
「血で好きな子に化粧してもらうの、夢だったんだ。だけど、ビューガの肌の色には合わないね……」
 血の赤にビューガの唇の青が透け、色濃い赤紫を成している。それは青みがかった緑のビューガの肌においては、不自然に目立ってしまっていた。
「急にこんなことして、ごめん…………」
 ふらっ、と前のめりになった***を、ビューガは咄嗟に受け止める。ビューガの胸の上で、***は朦朧としていた。
「…………っ、くそ」
 ***はどんなことがあっても***だ。その事実が、今のビューガには苦しかった。***に彩られた唇を歪め、ビューガは独りごちた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ