混植

□初陣
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 その後夕食の時間になり、***はとにかくこれ以上不快にさせないようにビューガに問うた。
「あの……何か食べたいものある? なんでも用意するから……!」
「いらん」
「え」
「神にとって食事は必須じゃない。それに、腹が減ったら勝手に何か食ってくる」
「どうやって……?」
 疑問をそのまま表した***に答えるように、ビューガは何もないところから釣竿を出現させた。
「わっ……!!」
「ちょっとした道具なら、こうやって出すことができる」
「すごいなぁ……」
──魚食べるってことは、あの耳は猫ちゃんのもの? 確かにヒゲも生えてるし……いやでも手触り的に猫っぽくはない気がするんだけどな……。──***はビューガの耳に対してそう考えたが、流石に今の空気感では口にすることはできなかった。
 キッチンに立ち始める***を、ビューガは密かに観察する。明らかに普通とは言えないこの親方についてもっと知らねばならない。
 ***はフライパンを火にかけると、油を敷き、冷蔵庫から要る物を取り出した。解凍した味付きの鶏肉と、野菜ジュースだ。鶏肉をフライパンに並べ、火が通るのを待つ間に、コップ一杯分野菜ジュースを注ぐ。それをちびちび飲みながら、焼け加減を窺っている。鶏肉をひっくり返す頃になると、野菜ジュースのペットボトルをしまい、ついでにもやしを取り出してきた。それも一緒に炒めていく。そして丁度良い具合になると、そのまま菜箸の後ろ側を使って、キッチンで立ったまま食べ始めた。
「っ…………!」
 ビューガは絶句する。こいつ、あまりにズボラだ。いやなんとなく覚悟はしていた。部屋に干したままの服、あまり綺麗とは言えない部屋。一人暮らしなんてこんなものかもしれないが、予想していたより酷かったのでショッキングだった。
(だが、俺には関係ない。こいつの神通力さえ強力であれば)
 その後***は風呂に入り、胡座をかいているビューガに対して、テーブルの反対側で正座した。自宅でするには明らかに不自然な行動だ。安心感とは真逆の、強烈な緊張感を抱いているのがよく分かる。
「………………」
「どうした、普通に過ごせよ。これからは毎日一緒に暮らすんだぞ。お前が嫌なら俺は別に、カミズモウの時以外は離れてても構わんが」
「それはやだ! だって家の外は……これからは特に寒くなってくるし……」
 こいつ、自分の欲じゃなくて俺への配慮で断った。さっきからの申し訳なさくる建前か、本心からの思い遣りか。どちらにせよ、ビューガの神経を逆撫でするものではなかった。
「じゃあ早く気を抜けるようになれ。でないと保たないぞ」
 ビューガにそう言われて、おず……おず……と***が立ち上がる。そしてベッドに移動する途中、***がやおら言った。
「その辺の本とかマンガとか、勝手に読んでも大丈夫だからね。こっちの棚にはゲームもあるし。あっでもちょっとアレなのもあるから気を付けて……」
「わかったわかった。気が向いたら読む」
 そうこうして、***はいつもするようにベッドに潜り込んだ。横を向いてタイコンに変わったスマホを構えて、アプリゲームを開く。イヤホンをして音楽ゲームをクリアしていくのだが……どうにもミスが多い。それもそのはず、小さな同居人が増えたどころか、その同居人(人ではないが)がじっと自分を見てくるのだ。観察しているのだろう。値踏みするようなものではなく、単に自分を知ろうとしていることは分かるのだが、どうしても気が散る。というか、二次元さながらのケモ耳ショタ神様が目の前にいるのだから、どう考えてもそっちを構うべきでは? 画面上のキャラクター達と見比べて、ビューガの質感は現実そのもの。しかし、彼本人から直々に『普段通りにしろ』と命を下されているので、努めてゲームに精を出す。
 しばらくして、気付けば日付が変わる直前だった。***の中で眠気が勢力を増してきた。***はなんとか、『普段通り』をこなすことができたようだ。
「あっ……ビューガ、ベッドは、」
「いい。床で十分だ」
 来客用に簡易な寝具はあるのに、と言いたかったが、ビューガがそんなものを望まないことは散々分からされたため、仕方なくそのまま寝る準備に入る。
「電気、消すよ」
「ああ」
 仰向けに寝転んだ***が、リモコンのスイッチを押す。一度目で電燈はオレンジの薄明るいものに変わり、二度目で完全に光を失う。暗闇に包まれる前、***が最後に見たのは、自分に対してどこかぎこちなさそうなビューガの表情だった。

 次の日の朝は、驚くほど普通に訪れた。***は目を覚まして、布団の中でもぞもぞと体の向きを変えると、既に起きていたビューガを見つけた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
 一晩経ったが、ビューガの姿にまだ見慣れない。朝日を浴びて、銀色の毛の耳がよりふわふわして輝いて見える。
 朝食を食べて、大学に行く準備をしようという段になって、問題が発生した。
(着替え、どうしよう)
 ビューガが来る前なら、無論このワンルームでそのまま着替えていた。もし昨日言われた『普段通りに過ごす』がまだ続いているのなら、この場で着替えなければならない。だが自分の気持ちとしては、汚いものを見せたくないので脱衣所で着替えようと思った。判断に迷い、率直に訊いてみることにした。
「着替えようと思うんだけど……」
「後ろ向いといてほしいのか?」
「あの、昨日普段通りにしろって言ってたからさ。お風呂場で着替えて来ようと思うんだけど」
「好きにしろ。目の前で着替えても気にはしない」
 許可が降りたので、***は脱衣所で寝巻きから外に出られる服へと着替える。密室に一人になったことで、ほんの少し『なんで自分の家なのに遠慮しないといけないんだ』という気持ちが芽生えた。しかし、何もかもあけすけになるには、まだ時間が欲しいとも感じた。自分を選んでくれた神様なのだ、出来る限り丁寧に関係を進めていきたい。
 タイコンを入れたカバンを背負った***に、ビューガが声をかける。
「準備できたか?」
「うん。じゃあ、行ってくるね」
「いや俺も行くぞ」
「へ?」
「親方と神は基本的に一緒にいるものだ。だから大学にもついていくぞ」
「マジ……?」
 なんということだ、かわいいケモ耳神様と一緒に登校できる日が来るとは。***の隣を、幼い体躯のビューガがとことこ歩いている。
(生きててよかった……)
この調子では授業に集中できないんじゃないかと***は思っていたが、案外始まってみるといつも通りの空気に馴染めた。
 どちらかと言えば、ビューガの方が苦戦していた。***が座っている横に立って、講義のプリントを覗き込む。神《自分たち》について議論しているのは分かる。だが、実際の神の特性とは違うことを、しかも専門的な概念を用いて話すので、ビューガは理解が及ばなかった。だが、理解できない事実がなんとなく許せず、ビューガは分かろうと内容を追った。
 午前の授業が終わり、昼食にコンビニのおにぎりを食べながら***が問う。
「うちのゼミの話なんて、神様が聞いても面白くないでしょ?」
「ああ、そうだな」
 その後の授業もビューガは***と共に出席したが、どれも彼が全く触れてこなかった分野ばかりだった。***の部屋にある本や過去の講義プリントを読んでみるのもいいかもしれない、と少し思った。
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