ATTRACTION

□fake!fake!C
2ページ/2ページ

 そして、一週間が経った。***の特訓も大詰めだ。
 ひなのパートのみ歌唱が入った音源を使って、歌もダンスも完成に近付けていく。
「苦手なところが来ますよ!」
踊る***にあまねの声が飛ぶ。振り付けの難所だ。***は幾度もここで失敗した。
 歌だけに気を取られず、ダンスだけに気を取られず、どちらも高品質を保つ。全身の神経を最大に稼働させて、乗り超えていく。
──ラスト、抱える相手はいないながらも、***は完全に踊りきった。あまねが拍手を送る。
「お見事です。この短期間でここまで上達するとは」
「先輩のお陰です。ありがとうございます」
汗をかき、心臓をバクバクさせながら、***はなんとか礼を言った。
 みるきと『コンフィアンサ』をすると決まってからのことが走馬灯のように頭に過ぎる。短いながらに、いや短いからこそ、今までの人生で最も熱い期間だと言えよう。
 ふと、テスト前の思い出とあまねが結びついた。
「そういえば、三年生のプリマジスタって進路どうするんですか?」
「ひなは、あまり一般的な進学は考えていないようですね。私は中高一貫校なのでこのまま進むだけです」
「あーなるほど……」
トッププリマジスタは、やはり実力相応の進路を選んでいるようだ。***が憧れるジェニファーも、最早学校に行くとかいう話ではなくなっている。
「…………」
みるきはどのような道を選ぶのだろうか。***のイメージでは、あまり突飛な選択はしないように思えた。自分の学力で行ける、一般的な高校に進みそうだ。
 では、自分はどうだろうか。
(段々と、二年生の終わりも近付いてきてる)
今まで目の前のことでいっぱいで、時間を取って考えることがなかった。だが、最近の出来事を通して、少しずつ自分がやりたいことが見えてきた気がする。
 もし、***がより専門的に表現者としての道を進むなら、マナマナを兼ねさせている現状はあまり好ましくないだろう。
(俺だけのマナマナ、か)
今年の春に自分のマナマナと初めて出会った頃の思い出が、どこまでも鮮明に思い出された。

 次の日からみるきとの練習が再開した。最初に披露した特訓の成果を見て、みるきは珍しくストレートに***を褒めた。
「すごいお! たった一週間でこんなにかっこよくなってるなんて!」
「へへ……ありがと。褒めてもらえて嬉しい」
***のへにゃへにゃした笑いを見て、みるきははっとする。
「でっ、でも! みるきのかわいさと合わせるならこのぐらいは必須だお」
「うん。みるきがどんな風に変わったかも見ていい?」
「しょうがないお」
 要望に応え、みるきも個人練習の成果を披露する。『天頂のコンフィアンサ』そのものの魅力を保ちながら、ほとんど完全にみるきの色に染められていた。
「流石だね、みるきらしさ全開になってる!」
「当然だお」
みるきがどんなに懸命に練習したかを知っているはにたんは、満足げに腕を組んで頷いた。
「じゃあここからは、改めて合わせていくはに」
 それぞれ真逆に洗練されたパフォーマンス。普通に組み合わせれば、不協和音じみたものになりそうだ。しかし──***とみるきは、まるでお互いがそう成長することを見抜いていたかのように、ほんの数回で調和させた。
(これは……すごい成長はに)
お互いがお互いを『信頼』し合う。Encantarと形は違えど、まさに『天頂のコンフィアンサ』の歌詞を体現していた。
 共に踊り、みるきは感じる。***と自分の気持ちは、もしかすると同じではないかもしれない。でも、それでも、こうやって同じ目標へ努力している時には、近い気持ちになれていると思った。触れ合う指先や、自分を見つめる眼差しには、他意や偽りなど、無いと思えた。
 口には出さない、思考として言語にすることもない。だが、みるきの奥底の気持ちは、確かにこの瞬間に『幸せ』を感じていた。

 そうして迎えたデュオプリマジ当日。驚くほど、両者共に穏やかな佇まいだった。
『今まで見せたことない最高のプリマジになると思う! 来れる人は絶対見に来てね!』
『きっとみんなが初めて見るみるきがいると思うから、ぜ〜ったい見に来てだお💘』
 昨晩はそう言って、二人ともSNSで最大級の宣伝をした。結果、いつもより大勢の観客が訪れた。中には知った顔もいる。
 パッションエトワールイエローとパッションエトワールパープルを身に付けた二人は、舞台裏からペンライトの海を見つめた。二色の光が、今か今かと二人を待ち望んでいる。
「……行こうか」
「うんっ」
二人のプリマジスタは飛び出す。そして、コーデ&レスポンスが始まった。
「シューズ!」
「トップスぅ!」
「ボトムス!」
「アクセぇ!」
コールののち、カウントダウンが終わる。
 幕が、上がった。
 最初の振りの瞬間、観客は目を剥いた。『歴史が変わった』。みるきを熱心に追っている者ほど、そう強く感じた。
 みるきは方向性をほんの少しも変えていない。ただこの曲の中で、できる表現を最大限している。だがそれで十分なのだ。みるきの『かわいい』と『天頂のコンフィアンサ』そのものが本来反発し合うはずで、それを調和させてみせているのだから。
 そこに***の全力が加わる。彼女は今、この瞬間までやってきたどのプリマジよりも自分の本性を曝け出していた。***が選んだ曲であり、***の心に最も近い曲だからだ。『情熱』、それを何のしがらみもなくぶつけている。例え***の本性を知らずとも、ファンならば恐らく直感しただろう。これこそが、彼女が本当にやりたいことなのだと。
 融けてしまいそうな赤の中で二人は舞い踊る。二人はどうしようもなく、楽しんでいた。他者に魅力を振り撒きつつも、心の奥底では自分達のためだった。
 みるきは無我の中で、無意識に考える。この感情はまだ、Encantarの二人が言うような、深く、苦しみすら伴うような愛とは言えない。
──自分は恋している、それでいい。甘い砂糖菓子の手がかりを見つけて、その道中に気持ち良く振り回されているのだ。砂糖菓子に辿りつけるかは分からないけれど、今はこの甘い匂いに、ただ浸っている。
 プリマジはイリュージョンを終え、終わりに向かってより白熱していく。全く違う表現者が、ここまで美しく絡み合うとは。観客は最後に向かってより一層期待を高めていく。知っているからこそ、どんな終わりになるのか待ち焦がれる。
 そして────みるきは、***に体を預けた。
「「Ole!」」
右腕を挙げた***の表情。それは、『かっこいい』厳しさを眉に宿しながらも、その口元の緩みは、見ている者も釣られて笑んでしまうほど、とても幸せそうに見えた。

 湧き出たワッチャで観客席が虹色に染まる。まばゆい光景を見ながら、二人は締めの挨拶に移る。
 その時、***が手を振りながら、もう片方の手でみるきを抱いた。
「みんなーーー!! ありがとーーー!!」
驚いて一瞬遅れながらも、みるきも追随して叫んだ。
「ありがとーーだおーーー!!」
叫び終わって、手も十分に振って降ろすと、二人は顔を見合わせる。
 それぞれの瞳には、頬を染め、純朴に笑う相手が映った。

「よ、良すぎでござる〜〜〜!!」
 観客席後方でたまらずれもんは叫ぶ。それを聞いて、やや離れた辺りで観覧していた人物がれもんに近付いてきた。
「れもんさんも来ていたのですね」
「あまね様! この間のボーイッシュプリマジの縁で来たんですか?」
「はい。それもありますが、今回私も少し練習に関わらせてもらいました」
「え〜〜〜〜〜!!?」
「こんなに素晴らしいプリマジを見られて、とても嬉しいです」
「な、なるほど……それで***氏はこんなにハイクオリティに……」
影での努力を思うと、れもんはより***のことを『推せる』と感じた。
 オメガ・コーポレーションの研究室で、モニターの一つでステージを映しながら、あうるは数字を見つめている。
「カバーはどうしても本来のプリマジスタとの比較で、評価が落ちる傾向がある。今回もその例には漏れない。だが、行ったパフォーマンスの違いを考えると、このワッチャの数値は──かなり上級のものだと、言えるだろう」
口調は相変わらず無機質だ。だがその口角はにっこりと上がっていた。
 はにたんは満足げな様子で、ドローンに乗って舞台裏へと戻っていく。
(本当に、成功してよかったはに)
そしてこの成功は、何よりも二人の努力の結晶だ。
(帰り道で褒めてやるはに)
はにたんの心もまた、幸福感で満ち満ちていた。


──────刹那、大きな魔力が動いた。


「!?」
これほどまでに強力なマナマナが来ていれば、間違いなく気付く。そんな強大な力が、一瞬、ゆらぎ、現れた。
「何が起きてるはに……?」
だが──感知できたのはその一瞬だけで、次の瞬間にはまた姿を消した。
「……特に何も起こらないかもしれないけど。警戒しといて損はないはにー……」

 一足先に舞台裏に戻った***とみるきは、はにたんが来るのを待っていた。
「はにたん遅いお」
「だねえ」
なんだか勿体なくて、タントちゃんに私服に戻してもらうのを躊躇っている。
 みるきは、***を見た。いつも通りの、親しみやすそうな、頼りやすそうな顔だ。
「今日……どうだったお?」
「最高だった! 改めてデュオしてくれてありがとう、みるき!」
「だお……」
そうじゃない、自分が聞きたいのはそれじゃない。
「確かにそう、だお。じゃなくて……そうじゃなくて!」
 みるきは内から込み上げてくる熱いものに、必死に抵抗しながら、***に再び問うた。
「今日のみるきはどうだったお!」
その姿は駄々をこねる子供のようだった。***を見上げる、煌めく瞳がより潤んだ。
 それに対して、***は────熱く、少し体が軋むほどの抱擁で、答えた。
「かわいかった。最高にかわいかったよ、みるき」
ぎゅっと、***の腕がみるきを抱き締める。みるきと比べると、少し硬い腕。
 みるきは、***に包まれていた。
「…………」
みるきもまた、***の背中に腕を回す。緊張するような、同時に、安心するような、相反する気持ち。その感触が、他の何にも比べようがないほど心地良かった。
「ただいまはに〜」
「!!」
 はにたんののんびりした声で慌ててみるきは離れた。***は名残惜しげだ。
「もっとゆっくり戻ってきた方がよかったはに〜?」
「……べ、別に! 終わったんだから帰るお!」
ずんずん歩いていくみるきの後ろ姿を見ながら、***とはにたんは笑い合った。

「改めて、お疲れ様はに〜」
 プリズムストーンの廊下にて、二人は私服に戻って、はにたんがみるきに抱かれている。
「今回は良かったはに。ちゃんと頑張った成果が出てたはに〜」
「はにたんもお疲れ様」
「ありがとうだお」
「みるきがお礼言うなんて明日は槍が降るはに」
「ちょっと!」
三人に小さく笑いが起こる。
「でも、まだまだ上達の余地はあるはに。これで気を緩めず、これからももっと上を目指すはに」
「うん!」
「もちろん!」
 三にんは歩いていく。冷たい風の吹く、明かりに溢れた街の中に。
「今晩どうする?」
「きっと打ち上げしてもバチは当たらないお」
「だったら母さんに連絡して……」
「どこに……」
「カラオケ……」
どこまでも、彼女らの会話は続いていった。
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ