ATTRACTION

□夜に輝く貴方は
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 その後の練習は、どんどん進んでいった。はにたんは基本的に***の練習のサポートを優先するようになり、成果のフィードバックが円滑に行われるようになった。また***はあまねとのデュオに限らず、出演するプリマジについてより活発に意見を出すようになり、全体のクオリティーが磨かれていった。そして、練習をしている時、笑顔が増えた。

 あっという間に当日が来た。2週間の練習は、長いようで短かった。
 後悔がないわけではない。だができる範囲で、***はやれることはやったと自負している。
 当日朝、***は誰よりも早くプリズムストーンに来ていた。はにたんが計画したウォーミングアップメニューをこなし、そのまま向かったのだ。本番で緊張をしないために。
 開場時間すぐで、タントちゃんたちがプリマジの前準備に忙しなく動いている。そんな中でも、彼女らは声かけを欠かさない。
「あら! 早いわね!」
「おはようございまーす!」
「早起きの***ちゃんもすてきよ!」
「おはよ。タントちゃん朝からありがとね」
***がそう返すと、きゃーと言いながらタントちゃんたちは持ち場へ向かった。
(かわいい)
 そのまま、***は練習部屋へ向かう。手前から2番目、あまねとのデュオの練習にいつも使った部屋。今では、親しみさえ感じている。
 特にやることもなく、***はとりあえず備えつけのパイプ椅子に座った。みるきは結局「いい」と言って、最前の席で観覧することを断った。
(まあある種の身内?の晴れ舞台って、なんかかぶりついて見るの気恥ずかしいもんね)
***は膝の上に乗ったはにたんを、なんとなしに撫でる。
 その時、ガチャとドアノブが外からひねられた。***は予想外でビクッと震える。
 やってきたのは、ぱたのを連れたあまねだった。
「***さん。お早いですね」
「あ、あまね先輩こそ……」
会いたかったような、会いたくなかったような。
 あまねはパイプ椅子を開いて、***の隣に座る。その動作がなんだか新鮮に見えた。2人の距離は、手を伸ばして相手に届くか届かないか。
 気まずさに、却って***は言葉を捻り出す。
「先輩は、いつも朝早いんですか?」
「いいえ。普段は、こんなには。ぱたのさんに起こしてもらうのですが、あまり朝に強くなくて」
あまねの膝の上に収まったぱたのが、照れた。
「でも、朝の空気は好きです。爽やかで、澄んでいて。今日という日に、何かを期待させてくれますから」
 あまねが***を見る。切れ長の、ロイヤルパープルアイ。
「朝に弱いなら、なんで今日はこんなに?」
「実は、貴方に会いに来ました。二人だけで話がしたくて」
その言葉を聞いて、***は何か肝が据わる感覚がした。やってやる、相対してやると。
「話って、なんですか?」
「私が貴方に注目していることです。デュオの相手に指名した理由を、更に追求はしませんでしたね」
「それは、まあ……」
「私は貴方の、そういったところが気になったんです。実力は及ばないと深く自覚しながらも、野心的であるところが」
「野心……」
 本質に近いところを見抜かれたのは、これで二度目だ。だが相手があまねであるため、どこか納得感もあった。だから***の頭はすぐに動いて、少し珍しい返答をした。
「この前は『私が最も力を持っているとは思いません』って言ってたのに、なんか上から目線な言い方ですね」
「不快に思われたなら申し訳ありません。他の方からの評価を基準にしたので」
いたずらっぽく言う***に、あまねは紳士的な姿勢を崩さない。
「だから、私の真似をして、挫折しそうになった時には驚きました。***さんは、そういった間違いを犯すとは思っていなかったので」
「やりますよ、間違いぐらい。というか、驚いたなら何か言ってくださいよ。あの時って結局××先輩のお陰で立ち直ったんですからね?」
「すみません。なるべく皆さんの自主性を尊重したくて黙っていたのですが、まだまだ導く立場は難しいですね」
「放っとくのと自由にさせるのは違うんですから、ヤバそうだなーと思ったら、助けてくださいよ。先輩」
 窓の外で、どんどん陽が高く上がっていく。2人の間に、光が差し込む。
「では、少し早いですがリハーサルをしましょう」
「胸、お借りしますね」
少しずつ眠りから覚めつつあるプリズムストーンに、ステップの音が響いた。

 本番は午後からで、昼食は皆で揃って摂った。
 そして食べ終わったと思うと、あまねは「今朝はいつもより早く起きたので、本番まで仮眠を取ります」と言って、椅子に座ったまま絵画のような寝顔を晒して眠り始めた。
(無防備……)
 本番の10分前になると、全員コーデを着替え、ストレッチなどをしながら準備を整えた。ボーイッシュなプリマジスタがこんなにも揃い、一張羅で張り詰めた空気の中にいる様子は、まるで開戦前のようだ。
「私達が魁を務める。備えを万端にして待っていろ」
クールな少女の指令と、ストリート風の少女の笑顔と共に、プリマジの火蓋は切って落とされた。



 最初の出番が終わり、***は激しく脈打つ心臓を抱えたまま、控えていたタントちゃんの元に向かった。
「お疲れさま!」
「素敵だったわ!」
「コーデチェンジしましょ!」
 遠くからあまねとクールな少女の歌声が聞こえてくる。静謐で、力強く底の方から響く。
 タントちゃんの洗練された動きによって、手際よく***はタキシードブラックに着替えた。
「「パチパチパチパチ!」」
黒を纏った***は、今度はドレッサーの前に座る。タントちゃんに髪を整えてもらいながら、改めて様々なメイクを試してみる。
「やっぱり基本はいつものしかないかー……」
アイシャドウやリップを変えてみて、最終的に普段と同じセットに落ち着いた。ネイルもつけたり外したりしてみるが、頭にタキシードホワイト姿のあまねを浮かべ、やっぱりない方がコンセプトに合ってるなと外す。
 最後に、イヤリングを見る。いくつか、主張しすぎず、コーデに合いそうなものはあった。だが、ほんの少しでも自分の顔面から意識を逸らしそうなものは、なんだかつけたい気分にならなかった。
 代わりに、タントちゃんに質問をした。
「つけない状態でイヤリングを出しとくことってできる?」

 発案者の少女とあまねがプリマジを始めた頃、***はステージ裏に着いた。向こうでは、はにたんがドローンに乗って出番を待っている。ジャケットの内ポケットが、なんだかあたたかい。
 しばらくして、タキシードホワイトに着替えたあまねがやって来た。観客席はまだ余韻で沸き立ち、ざわざわとしている。先ほどの曲は激しい動きを必要とするというのに、あまねは呼吸一つ乱れていない。
「では、行きましょうか」
「もう少し休まなくて大丈夫ですか?」
「ええ。むしろ、今から貴方と作り上げるプリマジに、期待が抑えきれません」
***は本当に小さな声で、呟いた。
「……俺もですよ」
 そして、あまねに手を差し伸べた。
「向かいましょう! 私達のステージに!」

 色とりどりの薔薇の咲く舞台に、白と黒の、全く真反対のプリマジスタが飛び出す。
 観客席後方で見ていたみるきは、思わず前のめりになった。
(来た!)
 音楽が流れ出す。***はあまねより身長は低く、顔立ちも幼い。しかし。
 全体の高貴な印象は崩さず、汗を流し、うっとりと魅入られたように舞った。その姿態は、コントラストを生み出し、観客に予想外の魅了をもたらした。
 そして、決定的だったのは終盤。
 イリュージョンも終わり、観る者達は高められながら、最後の見所である決めのポーズを待ち侘びる。

 だが、そう簡単に終わらせてはくれない。
 ポーズの直前、それぞれに視線が集まるタイミング。
 ***は────目を細め、片側の口角を高く上げ、笑った。
 その目は、ステージの前に存在する、全てを見つめた。
 下品になり、全体の雰囲気を壊すギリギリのラインの表情。獣が如き笑み。
 剥き出した八重歯は、他のどんなアクセサリーよりも、今の***を飾った。

「────」
 みるきは絶句する。誰も、ここまでしろなんて言ってない。刹那心臓が止まった感覚の後に、反射的に引きずり出された感想は、俗な言葉だった。
 頭は衝撃で混乱していても、プリマジは進む。無事あまねと***は最後まで美しくプリマジをやり遂げ、大量のワッチャと黄色い悲鳴を巻き起こした。
「…………」
 歓声を聞きながらも、みるきはまだ実感を持てないでいた。
 だが今日彼女の隣には、はにたんもいない、***もいない、共に観る者もいない。
 だから、ただ湧き起こる熱に浮かされて、表情を緩めることを許された。

「貴様達、最後のプリマジだ」
 クールな少女が仁王立ちで、マーチングコーデに着替えたメンバーを取りまとめる。
 ***は全力を出しきったせいでかなり限界が近かった。しかしタントちゃんに支えられ、同じ時間を共にしてきたメンバーに囲まれて、気力がこんこんと流れていた。
「あれやる?」
 ストリート風の少女が、円形に並んだ中で手を差し出し、上に挙げるジェスチャーをする。しかし、クールな少女は首を振った。
「私達なら、こっちだろう」
そう言って、クールな少女は肩を組み始めた。他のメンバーも笑顔で、互いの肩に腕を回していく。
「今日という日を最高に締め括れ! 気合いを入れろ!」
「「「「応!!!!」」」」
踏み出した先で、同じデザインの爪先が並んだ。

 5人で立ったステージは、ただただまばゆかった。
 自分の個性が魅力になる。自分の個性が認められている。そんな環境で過ごせていることを、***は全身全霊で享受した。


 大盛況のままにプリマジが終わり、まだ浮き足立っている者、既に落ち着いている者、それぞれ様々な表情を浮かべながら、私服に戻った。
「打ち上げしましょーー!」
発案者の少女が、いっとう上がったテンションで片腕を上げる。
「いいね!」
「応じてやってもいい」
魁を務めたコンビが応答し、あまねも静かに微笑む。
「すみません、ちょっと待ってもらってもいいですか?」
ただ1人***は、待ったをかけた。
「どうしました?」
「友達……てか、いつものデュオの相手が来てくれてるから! 先挨拶してくる!」
***はプリズムストーンの外に向かって駆け出した。
「甘瓜みるきか」
「えっ!? みるきさんが!?」
「見てくださったのですね」
 熱気に溢れていたプリズムストーンを出ると、急に寒く感じた。みるきは、出てすぐのところに立っていた。
「みるき! どうだった?」
疲労感が侵食してきた体に目もくれず、***はみるきに声をかける。一仕事終えた後に見るみるきは、いつもより更にかわいく見えた。
「……みるきのデュオ売りの相手なら、あれぐらいやってくれなきゃ困るおっ」
 珍しく、みるきは目を逸らしながらそう言った。***は安堵して、力の抜けた笑みを浮かべる。
「よかった〜。あっこれから打ち上げやるんだけどさ、行ってもいい?」
「なんでみるきにそんなこと訊くお……」
うまく***に視線を合わせられないでいると、その後ろから、他の出演者がやってきているのが目に入った。
「みるきさ〜ん! 話し途中ですみませんが、一緒に打ち上げいきませんか?!」
 明らかに浮ついた意識のまま、発案者の少女が叫ぶ。少し後ろについてきている先輩陣は、面白そうだから止める気はないようだ。
「ええ!? いやみるき関係ないお……」
「みるきの好きなイケメンだらけだよ?」
「それはそうだけど……」
「なんか予定入ってた?」
「それもないけどぉ……」
「あっ、分かった! どうせなら俺を独り占めしたい!」
「そんなわけあるか! ぉ……」
 語尾が言い切られずに消えていく。
「じゃあ行こ! みんなも感想聞きたいだろうし!」
 この後、みるきはファミレスで両隣をあまねと***に挟まれ、地獄のような天国のような時間を味わった。


 その夜、みるきは寝付けなかった。
 はにたんはいつも通り、くったりと横になって寝息を立てている。
 打ち上げでの棚からぼた餅ならぬ、棚から逆ハーそのものも、確かにインパクトは強かった。
 だが、今回***がボックス席の奥に追いやられたせいで、ドリンクバーに立ち上がることもなく、みるきのそばにい続けたことの方が高威力だった。
 あまねとのデュオのあとから、ずっと***が輝いて見える。
 今でもあの時魅せた笑みが焼き付いて、『***という人物はあんな顔ができる』という事実が、みるきの胸を、ドキドキと高鳴らせる。
「……次会ったら、容赦しないお……」
布団で口元を隠すと、みるきはそう呟いた。
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