ATTRACTION

□夜に輝く貴方は
5ページ/6ページ

 自室。ベッドに倒れ、***は思う。
(やっぱり、3年生は違うなー……)
今日の2人の振る舞いは、最初こそ苦いものがあったが、その後は場をどんどん進めていった。
(あ、はにたんをどうするか考えないと……)
今日、はにたんを連れてこないことで少し困ってしまった。パートナーの兼ね役はデュオ売りの面では助かっているが、こうした場では弱味が出る。
(なんか、また自信なくなってきた)
***はそのまま、虚脱感に身を任せ、夕飯に呼ばれるまで一眠りした。

 その後、***の不安とは異なり、練習は順調に進んでいった。
 あまねも学校の演劇は休みの期間らしく、平日休日問わず、長く練習に参加した。ファンである発案者の少女は、このことを知っていたのだろう。
 決まっていなかったコーデも決まり、どんどん本番のイメージが強まっていく。それに連れて、より練習に力が入っていく。
 この美しい円環を経て、***はプリマジスタとして一皮剥ける。
 ……かに思われたが。
「…………」
練習が始まって1週間、***は、あまねとのデュオの練習で、上達をしなくなった。
 デュオ練習での戦略はこうだ。見て盗むつもりで、あまねの芸風を真似る。しかし、完全に真似できない部分は必ず出てくる。そここそが自分固有の魅力と判断し、より伸ばしていく。これならはにたんを呼ばなくとも、単純明快に練習すべきところが見えてくるはずだ。つい最近までマナマナなしで活動していたのだから、無理な方法ではない。エレガントを方向性とするあまねに、本番で着るのもエレガントでかっこいいコーデ。目指すべき雰囲気は明白だ。ならば、これでいいはず。
 だがその戦略は通じなかった。鏡を前にして、あまねと共に踊る。もちろん振りは習得済みだ。確かに『雰囲気』は出せている。それっぽくはある。しかしそれ以上の、***固有の魅力は感じられなかった。そのダンスは、『他の誰でもできるように見えた』。
(どうして……?)
 デュオの練習時間が終わり、***は一人、未だ鏡の前で体を動かしていた。あまねとの差別化のためには、手をこう動かせばいいはずだ。足はこう運べばいいはずだ。それは分かっているのに、頭で考えたことは、実行できているのに。──何故か、全く魅力的でない。
「………………」
 荒い呼吸で、ヒュウ、と、喉から音がした。
 まるで幼児のお遊戯会のようだ。いや、それ以下だった。理由も分からないまま、そんなモノしか出せていない。その事実が、ザリザリ……と、ギリギリ……と、***の精神を削る。
 目が眩んだ。
 眩んだから、目を背けるために、小さく、膝を抱えて座った。
 他の練習部屋からステップを踏む音がする。あまねはデュオを3つ予定している分、練習も人よりこなしているのだ。

 ……どれくらいか分からないが、時間が経った。
 口の中の渇きが無視できなくなってきた。
 口にものを含む気分ではなかったが、それ以上に生命を保つためのアラートが、うるさかった。
 ***は、顔を上げる。
 その時、わずかに開いた扉の向こうに、歩く人影が見えた。
 クールな少女だ。
「どうした」
 少女は、何の躊躇いもなく***に声をかけた。
(そんなに酷い顔してたかな)
心配されることに慣れていないため、***は反射的にそう思った。
「お前、ずっと気になっていたが」
クールな少女が扉を開いて部屋に入ってくる。傍には羊型のマナマナが浮かんでいる。
「マナマナはどうした。何故連れていない?」
「えと……色々と、事情があって」
***は一瞬遅れながらも、いつものように明るい語調を作った。
「催事への備えの時だというのに、他に優先すべきことがあるか。今すぐ呼べ」
「いっ、いやいや……流石に今すぐは、」
「関係ない、呼べ!」
クールな少女の叱責の圧に、思わず***は震え上がる。その上、クールな少女はこの場を動こうとしない。
(来るまでずっと見張る気?)
やっぱり怖い人かも、と***は考えながら、渋々みるきに電話をかけた。
(一応、特に予定があるとかは聞いてないけど……)
呼出音を聞きながら待つ時間が、やけに長く感じた。
 ツッ、と小さな音がしたのち、スピーカーから甘い声が流れてくる。
「もしもし?」
久方ぶりに聞く、みるきの声だ。
「もしもし」
「どうしたお?」
なんだかいつもの毒気もなく、純粋に突然の電話を不思議がっているようだ。
「ごめんちょっと、事情があって、どうしても今すぐはにたんに来てもらわないといけなくて」
「はにたんに?」
「プリズムストーンの練習部屋の、手前から2番目のとこ。ごめんちょっと、これ以上は言えなくて……どうしても、お願い」
「うーん……まあ、わかったお」
「よろしくね」
簡潔に伝えると、***は通話を切る。そして目の前に壁のように立つクールな少女と対面しながら、はにたんの到着を待った。
 ほどなくして、はにたんを連れてみるきがやって来た。桃と薄黄の巻き髪。水色の瞳。『かわいい』の粋を集めた姿。
「やっほー。で、どうしたお?」
 ふたりが到着すると、クールな少女は無言で去っていった。
「ごめん急に」
「理由も言わないから誰かに脅迫されてるのかと思ったお」
「まあ、間違いではなかったみたいはに」
はにたんは先程までクールな少女がいた場所に目を遣る。
「ここからどうするはに?」
「先輩に無理矢理呼べって言われたから、ここから先は特に……」
「ちょうどいいはに、練習の成果を見せるはに」
 はにたんに言われて、***は再び鏡の前に立つ。不意にみるきが少しわたわたとし始めた。
「今は見たくないなら、別に外にいてもいいはに」
「いやっ、そんなんじゃ……っ、コホン! デュオ売りの相手として、ちゃんとできてるか確認してあげるお」
慌てて『仮面』をつけ直すみるきに、***の心は無意識にほぐれていった。
 先程までの練習と同じように、***は踊ってみせる。はにたんもみるきも、それを神妙な面持ちで観察した。
「どう?」
「イマイチはに」
「やっぱそっかー……」
「自分でも思ってたはに?」
「今その辺悩んでたんだよね」
***の言葉に、はにたんは一瞬押し黙る。
「あまねの真似しすぎはに」
「そこまで分かる感じ? 今回のテーマ的に見て盗もうかと思ったんだけど……」
「テーマって?」
「エレガントな感じで合わせてるから、がっつりその方向でいこうかなって。実質デュオの目玉みたいな扱いになっちゃったし」
「ちょっとセトリ見せるはに」
はにたんの要望で、***はスマホにメモしたプリマジの順番を見せた。みるきはなんとなしに目を背けている。
「気負いすぎはに」
「そう……?」
「この流れならせいぜい盛り下げなきゃ許されるはに」
「そんなに!? やーそんな無責任な……」
「今の***はそのぐらいの気持ちでいた方が、いつもみたいに自分を出せるはに」
「そっか……」
 はにたんに合わせて姿勢を下げて、***はふんふんと聞く。ふとはにたんは後ろを向いて声をかけた。
「みるきはどう思うはに?」
「みるきはアドバイスなんてするつもりじゃ、」
普段よりしおらしい***の目がみるきを見る。『言いたいことがあるなら言った方がいいはに』とはにたんの目が語る。
「……***ちゃん、顔に力が入ってないお。いつものナルシストっぽさはどこいったお?」
「えっ俺いつもそんななの!!?」
「自覚なかったお?! プリマジスタは顔が命なんだから、ダンスばっか意識してないで表情にも気を付けるお」
「うん……」
「なんだお、不服かお?」
「隣にいるのがあまね先輩だからなー……。顔に力入れるって言ってもこう、ちょっと徒労感が」
────ダン!
「!?」
 みるきが、突然床を踏みしめた。その行動に***だけでなく、はにたんすら目を見開いている。
 みるきは右手を、振りかぶる直前で止めていた。その手をゆっくりと、力強く握り締め、腿の横に戻す。白い頬が上気している。
「っ………………」
小さな唇が、何か紡ごうと動いて、閉じる。もう一度開いて、漸く言葉が出てきた。
「れもんちゃんだって良いところに、『ふと見せるニヒルな表情』を挙げてたんだから、自分の顔を信じろお。あまね様だけがイケメンなんじゃねえお!!」
 初めて聞く、吠えるようなみるきの声。声量こそなかったが、その迫力は──***が今まで経験した中で、最も心を震わせた。
「……ごめん、俺、大事なこと忘れてたよ」
***は立ち上がり、みるきの目を見つめる。
 お互いの目に、お互いの色が映っている。
「世界で一番かっこいいのは俺! そう思うのが何よりも大事だよね!」
***は久しぶりに、全力ではにかんだ。
「……分かればいいお」
2人のやりとりを見て、はにたんが満足気に腕を組んだ。
(やれやれ、はにたん達に頼らなかったことを一肌脱いで叱ろうと思ったのに、先を越されたはに)
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ