ATTRACTION

□fake!fake!C
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 中学生のテストというものは、学校が違えど、同じ学期制を採用していれば大体時期が被る。
 そしてそれは、***とみるきの中学にも当てはまった。
 通う先は違えど、テストの範囲や時期はほぼ同じ。さらに同じマナマナをパートナーにしているとなれば、テスト前に勉強会が開かれるのは自然なことだった。
「さあ解きまくるはに!!」
 はにたんが魔法で出したミニ鞭で机を叩く。二人はしぶしぶ、シャーペンを手に取る。
「流石に休憩短いって……科学的に勉強に最適な時間サイクルって出てるんだよ?」
「関係ないはに。今日までにできてないといけないところまでできてないんだから、口応えせず問題解くはに」
「は〜い……」
***はプリントに向き直る。対してみるきは、問題集を苦い顔で見つめる。
「どっかわかんない?」
プリントに戻ったはずの***が、すかさずみるきの方を向いた。
「これどうやって式立てればいいお……?」
「あーこのタイプなら……」
問題を一瞥した瞬間、***は解法をみるきに伝え始める。問題のそばには、小さく『応用問題』と書いてあった。
 みるきが進めているのは学校から課題として出された問題集。後回しにし続けていたものだ。それを***がこんなにもスムーズに解けているのは、こうして二人がデュオとなる前からの彼女の習慣にある。
 ***は常日頃から課題を先に終わらせて少しずつ勉強している。理由としては、そうしていればクラスの女の子に『勉強教えて』と頼ってもらえるからだ。
 しかし、直接書き込まなければ提出できない課題や、問題集から捻ってテストを作ってくる教師には、自力だけでは対抗しづらい。そのため今回、はにたんにプリントを作ってもらって、より確実に点数を上げようとしているのだ。
「こういう流れでいけばいいよ! 解けそ?」
「うん、ありがとうだお……」
隣同士に座って、***はみるきの顔を覗き込む。みるきは清水のような色の瞳を逸らした。***はその態度を深追いせず、鼻歌でも歌いそうな笑顔でプリントに再度向き合う。
「…………」
はにたんが、感情の読めない微笑みで二人を見つめていた。

 その日の勉強会が終わり、夜が更けた頃。
 はにたんがトイレから戻ると、ベッドに寝そべってスマホを見ていたみるきが、不自然に壁を背にして座った。少しだけ見えた画面からして、マジスタを開いているようだ。だがそれ自体は何も不思議ではない。
「何見てるはに?」
「別に、マジスタだお」
「なんで今急に姿勢変えたはに?」
「たまたま今変えたくなったんだお」
「じゃあスマホの画面見せるはに」
「ちょ、プライバシーの侵害だお」
「マジスタならはにたんも調査のために見ないといけないはに」
「別に調査とかそんなんじゃなくて……」
「ええい往生際が悪いはに! 『マナマナ』!」
「あっ! ちょっと!」
 魔法によって、あえなくみるきのスマホははにたんの手に渡った。
「さてどんなものを見てたはに」
そうは言ったものの、はにたんには見当がついていた。
 それは、***のマジスタだった。
「ちっ、違うお。デュオ売りの相手として、どんなプリマジが人気とか、どんな風に反応貰ってるかとか、ちゃんと見とかないと……」
「次は姫と王子のイメージでデュオでもするはに?」
「そ、それいいお! それならみるきのかわいさも、***ちゃんのかっこよさも生かせるから──」
 はにたんは、真っ直ぐみるきを見つめた。
「きっと、ワッチャも大量で間違いなし、だお……」
「……みるきがそう思うなら、次のデュオ会議で言ってみるはに」
「うん……」
「早くお風呂入るはに。明日の学校遅刻するはに」
踏み込んだ言葉は一切なかった。だけれどお互いに、真意は伝わっていた。

 風呂に浸かり、みるきは独り考える。
 ***は、『自分』に好意を向けているだろうか?
 彼女はあらゆる女子を愛する。だがその性質は、裏を返せば『特別な相手』を定めないかもしれないと考えられてしまう。
 恋人ができたことはあるのかな? そもそも作る気はあるのかな? あったとしても、ポリアモリーかもしれない。残念ながら、みるきはそんな形態許せない。
 しかし、***が複数人の女子に囲まれている光景は容易に想像できてしまう。なんならもしかすると、自分との予定が入っていない時は、そんな日常を送っているのかもしれない。
 もっと考えれば、その先のことも……。
「…………」
 思えば***のことを、全然知らない。当たり前だ、デュオ売りの相手と割り切って、みるき自身が距離を取っているからだ。まともに話したことがあるのは、プリマジにつながることと、勉強に関することぐらい。
(***ちゃんにちゃんと『かわいい』って言ってもらったこと、ぜんぜんないお)
 当たり前だ、『自分がかわいいのは当たり前』として、自らビジネスパートナー然と振る舞っているからだ。
 今から急に色々訊いたら、変に思われるかな? 嫌われるかな? 知らないだけで存在している地雷を、踏んでしまうかな? ***はいつも女の子がいさえすれば笑顔でいるが、その奥に誰にも見せない深淵があるかもしれない。人間というものは往々にしてそういうものだ。みるき自身がそういうタイプだから、よく分かる。
 だが……それでも、全く動かないのはみるきの性に合わなかった。
(まずは少しずつ、距離を縮めるお。いつも自然とやってることなんだから、問題なんてないお)
 みるきは浴槽を出ると、いつもより念入りに髪にトリートメントを施した。

 待ちに待った、週末が来た。この数日、みるきの頭の中は、暇さえあれば***と話すことでいっぱいだった。
 テスト前だから、あまり深く予定を考える空気ではなかった。少なくともみるきはそう感じた。だから、みるきは嘘をついた。
「とりあえず今日は、持ってるコーデを再確認して次のプリマジのヒントを得るお」
「オッケー」
***の返事はほどよく気が抜けている。
 みるきははにたんが出した***のコーデブックを、自分のもののようにめくる。フルコーデが揃っているものは少ない。どうしてもキャリアの差が出る。
 ふと、珍しく連続でほとんど揃っているコーデに気付いた。それはパッションエトワールだった。つい先日解禁されたブルーのカラバリまである。
「こんなにパッションエトワール揃えてたお? 今まで気がつかなかったお」
「肝心のレッドのシューズがないからねー。イエローは俺着ないし」
「じゃあなんで持ってるお?」
「ミクコに使えるかなって思ったのと、パッションエトワール自体が好きだから! いつか誰かと『天頂のコンフィアンサ』やる時に、色んなカラバリが揃ってた方が合わせやすいしね」
「ふ〜ん……」
確かに、***の考えは筋が通っている。
「って『天頂のコンフィアンサ』やりたいお?」
「え、言ってなかったっけ?」
「あんなにひな先輩やあまね様と比べられるの嫌がるのに?」
「それとこれとは別だよ、曲自体が好きなんだ。だからまあ、『いつか』誰かとできれば、って」
 パッションエトワールイエローやブルーのようなめちゃマジ注目スペシャルコーデは確実に手に入るが、それもタダではない。この、まだまだ大量に収納する余裕のあるコーデブックを見れば、逆説的にどれだけ***がパッションエトワールに、ひいては『天頂のコンフィアンサ』に強い思い入れがあるのかが分かる。
 本当に、みるきは***のことを何も知らない。
 故に、デュオ売りの相手なんだから、と叱りつけることすらできない。
「***ちゃん、そういえば欲しかったコーデあるって言ってたお?」
「そうそう、イースターバニーブラックね。黒うさぎの俺なんて絶対に良いと思うんだけど、始めた時期的に微妙に持ってなくて」
「じゃあ、みるきと交換するお」
「えっいいの!? みるきは何が欲しいの?」
「そのパッションエトワールイエロー。着ないなら、みるきにくれお?」
 自分に発破をかけるために、つい強い口調を使ってしまう。──それを言われて***は、一筋の光を目に宿した。
「ありがとーーー!! いらなくなったらまたもう一回交換し直そうね!!」
「なんだお! もうやった後のこと考えてるのかお!!」
***は察しがいい。その察しの良さがみるきには心地良い。
「イースターバニーはとりあえずまた今度でいいから……次のデュオ、『天頂のコンフィアンサ』するお。みるきの前でやりたいって言ったこと、後悔してももう遅いお!」
「うん! これで余計テスト頑張れる!」
「も〜、急に現実に戻すんじゃね〜お!」

 そうして、二人はまず懸命にテストに向け励んだ。***はより笑顔が増えた。そんな彼女を見ていると、みるきもまた辛い状況を乗り超えられた。
 テストが終わり、遂に二人は解放される。
 いつもなら穏やかな日常に浸る期間だが、今の二人にそんな暇はない。即座に練習に取りかかった。
 みるきはすぐにダンスを自分のものにした。それは彼女が今まで積み重ねてきた努力と、本家である弥生ひなと交流してきた結果だろう。振り付けの意図を汲むのが上手く、自分に合わせて調整するのも早い。やはりブライトネスエレメンツに選ばれた実力は伊達ではない。
「俺達もあれやる? リフト」
「勘弁してくれお。あんなのあの二人にしかできないし、みるきたちには求められてないお」
演出に関して、二人はすぐに合意した。前提として、Encantarが事前予告なくあのリフト技をしてから、危険に見えるパフォーマンスは事前申請と審査が必要になった。プリマジスタ達の年齢を考えると、仕方のない措置だろう。
 練習の合間に休憩していると、***のスマホが鳴った。彼女は即座に通知を開く。
「……みるき。今、明らかに俺は実力が追いついてないよね」
「確かにそうだお」
「来週からしばらく別の『人』に教えてもらってくる。その人にお墨付きをもらったら、また一緒に練習しよう」
意味深長な言い方に、真剣な視線。***の態度で、みるきは相手を察した。
「まさか、あまね様に教えてもらえるように頼んだお!?」
「そ! 俺のこと評価してくれたんだ、なら無下にはできないでしょ? ってね!」
「はぁ〜〜……。***ちゃん、たまに思いきりよすぎるお……」
だがそんなところに、みるきはより惹かれる心地がした。

 次の週、***の特訓が始まった。あまねがプリズムストーンに行けない日には***が学校に押しかける約束までして、可能な時間を全て使った。***の練習用シューズが床を踏み、高い音を鳴らす。
「ストップ! そこの動き、もっとキレよくできませんか?」
「キレよく……、こんな感じ?」
「…………」
「教えてもらう立場でなんですけど、あまね先輩の指示ってちょっと抽象的なんですよ。できれば、どんな風にすればいいのか見せてもらえませんか?」
「なるほど、確かにその方が伝えやすいですね。なら***さんに合わせて……」
 あまねが隣にやってきて、鏡を見ながら細かくポーズを決めていく。微妙な差異だが、確実に『あまねらしくない』立ち姿をとった。
「こう動くと、***さんらしく、美しくなると思いますよ」
「うわー……ありがとうございます……」
その表現力の高さに、***は舌を巻いた。
 あまねが見せたポーズを体に染み込ませ、再度同じ部分を踊る。すると、指先に至るまで見事に洗練されて見えた。
「素晴らしい。流石ですね」
「あまね先輩が教えるの上手いからですよ。自分から言っといてあれですけど、本当に教えてくださってありがとうございます……」
「いえ、気にしないでください。***さんのような後輩は初めてで、私も得るものが多いです」
「…………」
あまねの穏やかな笑みに、***は気恥ずかしく頬をかく。
「では、ダンスが形になってきたので、次は一度ボイストレーニングに移りましょう。この曲は深みのある低音が重要ですからね」
「はい!」

 勿論その頃、みるきもまた更なる技術の向上を行っていた。
「そこはもっと眉毛を下げるはに! そう! その表情はに! それを毎回確実にできるようにするはに!」
「うん!」
みるきの理念はどんな曲でも変わらない、『かわいい』だ。歌もダンスも、目指す先は明確だ。だから、ただ、数を重ねる。どんな時でも、ブレなく、自分の『かわいい』を出せるようにするために。
「次のところはに!」
「……いっくお!」
みるきはTシャツの袖で汗を拭った。
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